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放課後の相談室は、いつもより静かだった。
窓の外で、部活の声だけが遠くに反響している。
「……変なこと言っていい?」
椅子に座るなり、そう切り出された。
「変じゃなきゃ、ここ来ないだろ」
日下部はファイルを閉じて、正面を見る。
「安心するとさ、逆に落ち着かなくなる」
「どういう?」
「今、何も起きてないのに」
来訪者は指先を見つめたまま続ける。
「このあと、絶対なんかある気がして」
少し笑う。
「楽しい時間とか、穏やかな日とか。続くと怖くなる」
日下部はすぐに言葉を挟まなかった。
「前は?」
「前は、そんなことなかったと思う」
「“思う”か」
「……気づいてなかっただけかも」
沈黙。
日下部は机に肘をつき、顎に手を当てる。
「安心すると、体が先に構える感じ?」
「そう。油断すると、痛い目見るって」
「誰に教わった?」
一瞬、答えが詰まる。
「……覚えてない」
日下部は小さく息を吐いた。
「覚えてないってことは」
「……」
「結構前から、そうだったってことだ」
来訪者の肩が、ほんの少し下がる。
「別に、幸せになりたくないわけじゃない」
「うん」
「でも、幸せだって思った瞬間」
言葉を探す。
「取り上げられる気がする」
日下部は視線を逸らさずに言った。
「それ、臆病じゃない」
「え」
「学習してるだけ」
即答だった。
「安心のあとに、何かあった経験が多いと」
「……」
「脳が勝手に、次を探し始める」
来訪者は、ゆっくり瞬きをする。
「じゃあ、安心できないのは」
「壊れたわけじゃない」
日下部は続ける。
「ちゃんと生き延びてきた証拠」
その言い方に、少し驚いたような顔をする。
「……でもさ」
「うん」
「このままだと、ずっと警戒して生きることになる」
日下部は、少し考えてから答えた。
「全部に警戒しなくていい」
「どうやって?」
「“安心していい時間”を、短く区切る」
眉が寄る。
「一日じゃなくていい」
「……」
「五分とか、十分とか」
日下部は淡々と言う。
「終わりが見える安心なら、怖さは減る」
「逃げみたい」
「違う」
きっぱり言った。
「慣らしだ」
少し間を置いて、付け足す。
「安心に慣れてないだけの人に、いきなり長距離はきつい」
その言葉に、喉が小さく鳴る。
「……安心する練習、か」
「そう」
「それ、許される?」
「誰に聞いてる」
日下部は肩をすくめる。
「許可なんていらない」
来訪者は、少しだけ笑った。
「安心して不安になる自分って」
「面倒?」
「……うん」
日下部は否定しなかった。
「面倒だな」
一拍。
「でも、裏切られないように生きてきた結果だ」
窓の外で、笛の音が鳴る。
「嫌いになるほどじゃない」
その声は、不器用だけど、距離を詰めすぎなかった。
「その感覚」
日下部は静かに言った。
「ちゃんと理由がある」
相談室の空気が、少しだけ緩む。