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相談室のドアは、ノックのあと少しだけ間を置いて開いた。

入ってきたその人は、立ったまま一度だけ深く息を吸う。


「……座っていい?」

「どうぞ」


日下部は椅子を引くでもなく、ただ視線で示した。


「変な相談かもしれない」

「それ、前置きいらないやつ」


来訪者は小さく笑った。

でも、すぐにその笑いは消える。


「頭では分かってるんだよ。行かなきゃって」

「どこに」

「教室とか。バイトとか。人がいるとこ」


指先が、無意識に膝を掴む。


「でもさ、立ち上がろうとすると」


少し言葉が詰まる。


「体が、先にダメって言う」


日下部は、すぐには返さなかった。

ペンを指で転がしながら、間を取る。


「痛い?」

「いや、そうじゃない」

「苦しい?」

「……近い」


来訪者は頷いた。


「胸の奥が、ぎゅってなる。息もできるし、歩けるのに」

「行けない」

「うん」


沈黙が落ちる。

日下部は、その沈黙を急かさなかった。


「それ、怠け?」


不意に投げられた言葉に、来訪者の肩が揺れる。


「……自分では、そう思ってる」

「じゃあ聞く」


日下部は顔を上げる。


「怠けてるやつの体って、そんなに必死に止めに来るか?」


来訪者は答えられない。


「頭がサボりたいならさ」


淡々と続ける。


「理由考える。言い訳作る。もっと器用だ」


日下部は少し視線を落とした。


「体が先に拒否するのは」


一拍置く。


「止まらないと、壊れるって分かってる時だ」


来訪者は、ゆっくり瞬きをした。


「……でも」

「うん」

「周りは普通にやってる」

「それ、体に聞いた?」

「……聞いてない」


日下部は、ほんの少しだけ口角を上げる。


「人の基準で動こうとすると、体は反抗する」

「反抗期みたい」

「似てる」


軽く言ってから、真面目に戻る。


「でも反抗してるのは、サボりたいからじゃない」

「じゃあ、何」

「守ってる」


その一言は、強くも優しくもなかった。

ただ、事実を置いただけの音だった。


「動けない自分を、嫌いになるなとは言わない」

「……」

「俺も、そう簡単には無理」


日下部は視線を外し、窓を見る。


「でも、体が先に止めたって事実だけは」


戻ってくる。


「無視しなくていい」


来訪者は、膝の上の手を見つめた。


「じゃあ、今日は」

「今日は?」

「休んだ方がいい?」


日下部は少し考えたあと、答えた。


「“行けない自分”を、確認する日でもいい」

「確認?」

「責めるんじゃなくて」


一拍。


「今の限界を、ちゃんと見る」


相談室に、静かな時間が流れる。


「……体の方が、正直なんだな」

「だいたいな」


日下部は短く言った。


「嘘つくのは、頭の方だ」


その言葉に、来訪者は小さく息を吐いた。


拒否されたわけじゃない。

ただ、止められただけ。


そう思えたのは、久しぶりだった。

日下部の相談室2

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