テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
『今日はお疲れ。ってか総長、海野楽器で仕事してたんだな。マジでビビッたわ』
志絵は返信アイコンをタップしてメッセージを打ち込む。
『今日はお疲れさまでした。スパローズ側のゲストがずっと未定のままで、誰が来るのかと思ったら高西が来て、私も驚いたよ』
文末に、汗が飛び散る絵文字を付けて送信アイコンをタップすると、賢はまだキャンプ地に移動中なのか、すぐに既読が付いた。
数分も経たないうちに、メッセージ受信音が小さく響き、彼女は画面に視線を走らせる。
『そうだ。総長、クラス会の日に俺が頼んだ事とお前が言った条件、忘れてないよな?』
淡々とした文字の羅列を見ながら、志絵はヒュッと息を潜めた。
『二つの条件のうち、ひとつはクリアした』
『残りの条件も、すぐクリアする』
『お前に恋人のフリをさせながら』
『俺色に染めてお前を堕とすのも』
『時間の問題だな』
『首を長くして待ってろよ?』
矢継ぎ早にメッセージが送られてくる様子を見ながら、志絵の喉元が、カッとしたように熱くなる。
(それって、『首を洗って待ってろよ?』の間違いでしょ……。アイツ、何を考えてるの?)
賢の頼み事を諦めさせるために条件を付けたはずが、彼は本気でクリアしようとしている。
「恋人じゃなくて…………あくまでも、恋人の……フリ…………でしょ?」
志絵の独り言が、銀座駅の喧騒に溶けて消えていくと、ハァッとうなだれながらメッセージを返す志絵。
『分かった。条件全クリの報告、待ってるよ』
嬉しいような悲しいような、入り乱れた気持ちで賢に返信した矢先、丸の内線がホームに滑り込み、志絵は慌てて電車に乗った。
後楽園駅に到着した志絵は、小走りで自宅マンションに戻ると、アルトサックスの楽器ケース、スコアを数冊バッグに入れ、来た道を戻った。
後楽園駅を通り過ぎ、春日通りを池袋方面に向かって歩いていくと、大企業の自社ビルを思わせる建物に入っていく。
建物の上部には『響美学園音楽大学』の立体文字看板、志絵の母校だ。
響美学園音大は、卒業生や一般の方に向けて音楽教室も附属している。
彼女も、引き続きサックスのレッスンを継続させたいと思い、学生時代の師匠だった大田 靖人(おおた やすひと)に卒業後も師事していた。
レッスン室だけのフロアに向かい、突き当たりの重厚な扉をノックする。
「こんにちは、大田先生」
「おお、坂口。珍しく今日は時間ギリギリだな」
志絵は会釈すると、恩師の大田が楽器から唇を離して笑みを覗かせる。
「今日は休日出勤だったんです。ストリートピアニストのたらもちゃんと、ヨグルトスパローズのコラボイベントが海野楽器のホールで開催されて、私が司会をやる事になって」
管野アリオ
733
#大人ロマンス
桃下結衣
208
#ロマンスファンタジー
Jasmine
1,008
「なるほど」
挨拶もそこそこに、彼女はレッスン室の隅で楽器を組み立て始めると、大田が何かを言いたそうに彼女に視線を伝わせた。
コメント
1件
うわあ、賢くんの「首を長くして待ってろよ?」に志絵が「『首を洗って待ってろ』の間違いでしょ」ってツッコむところ、めっちゃ好きです。あのやりとりだけで二人の空気感が伝わってくる。嬉しいような悲しいような、入り乱れる気持ちの描写がすごくリアルで、続きが気になりますね。