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#読み切り
ruruha
656
ゆうまる
121
※遥、小学生。
教室の床は、まだワックスの匂いが残っている。
朝の光が窓から入って、机の脚だけを白く浮かせていた。
遥は、黒板の前に立たされていた。
理由はもう、誰も言わない。
言わなくても通じるものになっている。
「ねえ、反応しなさすぎてつまんないんだけど」
後ろから声がする。
笑っている声だ。
「ほんと。壊れてんの?」
「もともとじゃない?」
笑いが小さく重なっていく。
遥は視線を落としたまま立っていた。
殴られるわけでもない。
まだ、殴られてはいない。
けれど、囲まれている距離が近い。
机がひとつ、足にぶつかる。
わざとではないような顔で、押される。
「ほら、倒れない。つまんな」
「なんか別のことしよ」
その言葉で、空気が少し変わる。
「じゃあさ、あいつでよくない?」
名前が出る。
窓際に座っていた女の子の名前だ。
小さくて、静かな子。
まだ、この輪の外側にいる子。
「え、いいね。あいつなら反応するでしょ」
「遥、もういいや。動かないし」
軽い調子だった。
本当に、軽い。
女の子が呼ばれる。
最初は自分のことだと思っていない顔だった。
でも、何人かが近づくと、椅子が引かれる音がした。
「え、なに……?」
困った声。
笑い声が重なる。
「ちょっと立って」
「遊ぼうよ」
「遥の代わり」
その言葉が、教室の中央に落ちた。
遥の視界が揺れる。
揺れたのは、光か、自分か分からない。
女の子は立たされている。
何が起きているのか分からないまま、周囲に囲まれる。
「ほら、こっち」
「なんで……?」
「いいから」
手が伸びる。
腕を軽く引かれる。
その瞬間、遥の足が動いた。
「やめて」
声が出る。
自分でも驚くくらい、はっきりした声だった。
周囲が止まる。
「え、喋った」
誰かが笑う。
遥は、女の子とその輪の間に入った。
うまく入れたわけではない。
ただ、そこに立った。
「……その子、関係ない」
言葉がぎこちない。
喉が乾いている。
「関係ないって何?」
「お前がつまんないからでしょ」
「ほら、責任取ってよ」
笑い声。
軽い。
いつも通りの軽さ。
遥は、女の子の方を見ない。
見たら、たぶん言葉が崩れる。
「……ごめん」
誰に向けたか分からない謝罪が出る。
教室が一瞬、静かになる。
「は?」
「なにそれ」
「謝るの?」
笑いが戻る。
遥の声が、もう一度出る。
「……ごめん。俺でいい」
言いながら、胸の奥が軋む。
でも止まらない。
「その子、やめて」
女の子の靴が見える。
震えているのが分かる。
遥は、頭を下げた。
床が近い。
「……ごめん」
言葉が重く落ちる。
何度も落ちる。
「俺でいいから」
笑いが広がる。
「え、なにそれ」
「初めて見たんだけど」
「泣いてる?」
涙は、出ていた。
自覚より先に落ちていた。
遥は顔を上げない。
上げたら、戻れない気がした。
「……ごめん」
声が震える。
それでも、止めない。
「その子、やめて」
沈黙が数秒続く。
そのあと、誰かがため息をつく。
「めんど」
「いいよ、じゃあ戻す」
「ほら、元の位置」
肩を押される。
遥の体がよろめく。
女の子は離される。
椅子に戻る音がする。
「ほら、よかったね」
「ちゃんと謝れたじゃん」
「そういうの、できるんだ」
遥は立ったまま、息を整えようとする。
整わない。
涙が止まらない。
止めようとしても止まらない。
「ねえ、さっきのもう一回言って」
誰かが言う。
「ごめんって」
笑い声。
遥は、目を閉じた。
「……ごめん」
もう一度言う。
言わないと終わらない気がした。
教室は明るい。
朝の光は変わらない。
ただ、空気だけが、少しだけ濃くなっていた。
コメント
1件
うわ……これは胸が締め付けられる話だった。小学生の遥が、自分が標的になるのを承知で「俺でいいから」と割って入るシーン、涙が止まらなくなるほど必死なのが伝わってきた。あの「ごめん」が誰に向けてなのか、自分を守れない自分への悔しさも混ざってるんだろうな。教室の明るさと空気の重さの対比が効いてて、読後もずっと心に残る。