安奈は、キラキラした笑顔を浮かべ、賢太郎の傍まで駆け寄ってきた。
「長谷川さん…でしたよね? どうしてここに?」
「名前覚えててくれたんですねー、嬉しいっ!」
よほど嬉しかったのか、安奈の瞳がいっそう輝いた。
「どうしてここが分かったの?」
賢太郎は理由を知っていたが、あえて知らないふりをして尋ねた。
すると、安奈はこう答えた。
「合コンの幹事さんに教えてもらったんです。本当は郵送しようと思ったのですが、どうせなら直接渡そうかと思って……」
「渡すって、何を?」
「相洋電鉄の時刻表ですよ! 一般向けに販売されていないから、入手困難だって言ってましたよね? だから、父に頼んで一冊もらったんです」
安奈は、満面の笑みを浮かべながら、時刻表が入った袋を差し出した。
「ああ、あれか。わざわざありがとう」
賢太郎が、少し戸惑い気味に受け取ったのを見て、葉月は小声で聞いた。
『必要なものなんでしょう?』
『いや、実はもう入手済み』
(そっか。彼はこの業界に顔が広いから、すぐに手に入るのね)
葉月は納得する。
二人がひそひそ話しているのを見た安奈は、葉月を見て驚いた。
「あ! あなたは、あの時の……」
「どうも」
驚いている安奈に向かって、葉月はにっこりと微笑んだ。
「えっ? まさか、賢太郎さんの……お姉様ですか?」
安奈はわざとらしく言った。
おそらく、葉月が賢太郎とどういう関係なのかを探っているのだろう。
もし葉月が賢太郎の恋人だった場合に備え、安奈は予防線を張り、あえて嫌味を込めて『姉』と言ったのだ。
(はぁっ? 可愛い顔して、言ってくれるじゃないの)
カチンときた葉月が言い返そうとすると、先に賢太郎が口を開いた。
「いや、彼女は『姉』じゃなくて、俺の恋人…ね」
賢太郎は、当然のように言い切った。
その言葉を聞いた瞬間、安奈の顔が醜く歪んだ。
(うわっ、こわっ!)
この時、葉月はなぜか強気だった。
離婚後、すっかり自信を失っていた葉月の姿は、もうどこにもない。
昨夜、賢太郎に深く愛されたことで、葉月は女性としての自信を取り戻していた。
そして、葉月本来の強さと凛々しさが、今は前面に表れている。
「え? でも、合コンの時はフリーだって……」
「うん、あの時はね。でも、あのあとすぐ彼女と付き合い始めたんだ」
「…………」
安奈は、ひどく動揺しているようだった。
しかし、大事に育てられた自尊心の強い社長令嬢は、この程度のことでは引き下がらない。
安奈は背筋をピンと伸ばし、葉月を一瞥して言った。
「えー? でも、彼女さんって明らかに年上ですよね? 賢太郎さんには合わないと思います」
(おーっ、言うじゃん! 甘っちょろいひよっ子のくせに、随分と自信満々ね!)
葉月の心臓は、怒りで激しくドクドクと音を立て始める。
それを察した賢太郎が、すぐに口を開いた。
「そうかな? でもね、俺は彼女といるとすごく幸せなんだ。それに、彼女は人生経験が豊かで母性に溢れていて、そういうところもすごく魅力的なんだ。だから、俺はこの先もずっと彼女と一緒にいたいと思ってる」
賢太郎が、隣にいる恋人を率直に褒めるのを見て、安奈は何も言い返せずにいた。
(ちょっ……それは褒めすぎじゃない?)
あまりの気恥ずかしさに、葉月は思わず頬を染めた。
その時、賢太郎が腕時計をチラッと見た。
「ごめん、もう行かなくちゃ。時刻表、助かったよ、ありがとう!」
賢太郎は爽やかな笑顔で安奈に言うと、葉月の手を取り車へ向かった。
車に乗ると、すぐにエンジンをかけてアクセルを踏み、安奈の前を通り過ぎる。
葉月がサイドミラーで後方を確認すると、安奈はまだその場に呆然と立ち尽くしていた。
しばらく走ると、葉月は賢太郎に聞いた。
「本当にあれでよかったの?」
「もちろん。俺は付き合う相手を、年齢で決めたりしないからね」
「ふーん。じゃあ、今まで年上の人と付き合ったことあるの?」
「あるよ。大学の時」
「そうなんだ。何歳上の人?」
「12歳」
「えっ? 嘘っ!」
「嘘じゃないよ」
葉月は驚いていた。
(一回りも年上の人と? だったら、彼にとって3歳なんて本当に誤差じゃない……)
そこで、賢太郎が話題を変えた。
「今日は定時で上がれそう?」
「たぶん大丈夫だと思うけど」
「じゃあ、今日も迎えにいくね」
「それはありがたいけど、仕事の方は大丈夫なの?」
「大丈夫。そのために、全部前倒してやってきたし」
葉月は、賢太郎がこの日のために仕事を前倒しで片付けていたことを、初めて知った。
「そうだったんだ……」
「せっかく、二人だけになれる貴重なチャンスだからね」
「たしかに」
「じゃ、そういうことでよろしく!」
人のいない裏通りに車を停めると、賢太郎はシートベルトをはずしている葉月の顎をクイと持ち上げ、唇を重ねた。
「んっ……」
甘くとろけるようなキスをしたあと、賢太郎が言った。
「さっき、いろいろ言われたのに動じなかったね。偉いぞ!」
「ムッとはしたけどね」
「言い返せばよかったのに」
「若い子を傷付けても、可哀想だわ」
「そういう強気でオトナなところも、たまらないよ」
そう言って、賢太郎は葉月の頬にチュッとキスを落とす。
「結婚前の私は、いつもこんな風に強気だったわ。なんか急にその頃に戻ったような感じがして不思議!」
「本来の自分に戻れたのは、いいことだね」
優しく微笑む賢太郎を見ながら、葉月は胸の中で呟く。
(誰のお陰で戻れたと思ってるの?)
再び二人の視線が絡み、互いに引き合うように唇を重ねた。
しばらくして、名残惜しそうに唇を離したあと、葉月は車を降りた。
走り去る賢太郎の車を見送ると、葉月は胸を張ってビルの中へ入っていった。
その表情には、自信が溢れていた。
賢太郎の真っ直ぐな愛は、葉月の中に隠されていた本来の凛々しさと美しさを、余すことなく引き出していた。
コメント
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朝から出待ちをして 非常識な上に 、年上の葉月ちゃんにマウントを取ったりと....💢 失礼な安奈に対しても、さらっと大人の対応をする二人....👩❤️👨さすがです‼️😎👍️💕💕 安奈さ~ん、もう来ないでね‼️👋👋バイバーイ! 二人の邪魔をしちゃダメよ~‼️🆖❌
ストーカー杏奈に対してさらっとでもしっかり葉月ちゃんは恋人と言う賢太郎様❣️杏奈の言葉にイラっとしながらも言い返すさない葉月ちゃん 二人とも大人ですね 自分勝手でお子様の杏奈には到底敵わない二人の絆、 もう二人の前には現れないでくださいね‼️ 賢太郎様と葉月ちゃんは今夜も濃密に夜を過ごすのですから
えーっ。でも、出待ち女さんって、明らかに非常識ですよね。賢太郎さんに合わないと思います。 あ。リオンやら、呪怨やらいうのがおるけど、どう。