テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
1件
ああ、もう…めちゃくちゃ胸にきたわ…。主人公の必死な頑張りと、それをちゃんと見てる日下部の距離感、両方刺さった。熱があるのに「平気」って言い張る姿、読んでてこっちまで息苦しくなった。クラスのあの空気もリアルで嫌になるけど、日下部の「信用できねぇ」に救われた気がする。次の展開、気になりすぎる…!
校舎へ入った瞬間、遥は小さく息を吐いた。
外の冷たい空気がなくなり、廊下のこもった空気が身体にまとわりつく。
それだけで熱が一段上がったような気がした。
昇降口で靴を履き替え、立ち上がろうとした瞬間、視界がふわりと揺れる。
壁へ手をつく。
数秒だけ目を閉じた。
治まれ。
頼むから。
こんなところで倒れるな。
ゆっくり呼吸を整え、何事もなかったように歩き出す。
教室へ近づくにつれ、騒がしい声が廊下まで聞こえてきた。
笑い声。
机を引く音。
誰かがふざけて走り回る足音。
いつもの朝だった。
遥だけを除けば。
教室の扉を開ける。
何人かが一瞬こちらを見る。
その視線はすぐに逸れる。
挨拶もない。
遥も何も言わず、自分の席へ向かった。
鞄を机へ掛ける。
椅子を引く。
腰を下ろしただけで、身体中から力が抜けそうになった。
額には汗が滲んでいる。
袖で拭い、誰にも気づかれていないことを確認してから、机へ肘をついた。
黒板を見ても、焦点が合わない。
教室は少し暑いだけだ。
そう思い込もうとする。
「おい」
机の端を指先で叩かれる。
遥はゆっくり顔を上げた。
クラスメイトが立っている。
「先生にこれ持ってけ」
プリントの束を机へ置かれる。
それなりの厚みがあった。
「……何で俺」
「近いから」
職員室は教室の反対側だった。
近いわけがない。
けれど、そんなことを言っても仕方がない。
周りでは何人かが笑っていた。
「早くしろよ」
「ホームルーム始まるぞ」
遥は何も言わずプリントを持つ。
立ち上がった瞬間、足元がふらついた。
机へ手をつく。
「何やってんの」
「寝不足か」
「夜更かし?」
笑い混じりの声が飛ぶ。
遥は返事をしない。
教室を出て、職員室へ向かう。
歩いているだけなのに、制服の中がじっとりと汗ばんでいく。
肩が重い。
足が重い。
頭の奥では鈍い痛みが続いていた。
職員室でプリントを渡し、廊下へ出る。
そのまま壁にもたれそうになるのを堪えた。
あと少し。
まい
62
49
あと少しで教室だ。
「遥」
不意に名前を呼ばれた。
振り向く。
日下部だった。
遥の顔を見るなり、その表情が曇る。
「お前、大丈夫か」
「何が」
「顔色」
「普通」
「普通じゃねぇ」
即答だった。
遥は苦笑する余裕もない。
「寝不足なだけ」
「熱ないか」
「ない」
「本当に」
「あるように見えるか」
「見える」
遥は言葉に詰まる。
日下部は一歩近づいたが、遥がわずかに身体を引いたことに気づき、その場で足を止めた。
「悪い」
そう言って距離を戻す。
「でも、今日は本当に変だ」
「……平気」
「その『平気』、信用できねぇんだよ」
遥は視線を逸らした。
信用できない。
その言葉が胸に残る。
自分でも分かっていた。
平気じゃない。
身体は限界に近い。
それでも認めるわけにはいかなかった。
家でも。
学校でも。
弱った姿を見せて良かったことなんて、一度もない。
チャイムが鳴る。
廊下にいた生徒たちが一斉に教室へ戻り始めた。
「行くぞ」
日下部が言う。
遥は小さく頷き、並んで歩き出す。
教室へ入った瞬間、何人かの視線が二人へ向いた。
ひそひそと何か話している。
笑っている者もいた。
遥はその空気に気づきながらも、何も言わず自分の席へ座る。
日下部も何も言わなかった。
ただ一度だけ、遥の横顔を見た。
その横顔は朝よりもさらに青白く見えていた。