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相談室のドアがゆっくり開き、そっと顔を出した男子が「失礼します」と小さく言った。
日下部は持っていた参考書を閉じてうなずく。
「座っていいよ」
男子は椅子に腰かけ、しばらく無言のまま窓の外を見ていた。
手元のシャーペンをくるくる回してから、ぽつりと口を開く。
「親に……期待されるのが重いんです」
日下部は相手の表情を確かめるように視線を向ける。
「うちは進学校でもないのに、
毎日『もっと勉強しろ』って。
成績もそこまで悪くないのに、
模試の順位が少し下がるだけでうるさい。
頑張ってるのに足りないって言われるのが、もう嫌で」
机に落ちる声は、しだいにかすれていった。
「親ってさ、子どもを“完成させたい”みたいに思ってるときあるよな」
日下部はゆっくり言った。
「でもその完成図って、親が自分の不安を埋めるための形だったりする」
男子が小さく目を見開く。
「不安……」
「親だって完璧じゃない。
子どもの成功が自分の安心になる人もいる。
でも、それを全部背負うのは違う。
お前の人生は、お前が持ってていい」
男子は手の中のシャーペンを止め、
少しだけ息を吐いた。
「……そう言われると、
なんか肩の力が抜ける感じがします」
「勉強するかしないかは、自分の選択だろ。
親の期待は“ノイズ”くらいに考えていい」
男子は立ち上がり、
小さく「ありがとうございます」とつぶやいた。
ドアが閉まったあと、
夕暮れのオレンジが相談室をゆっくり染めていく。
日下部は窓を見つめながら、
自分の心にも同じ色が広がるのを感じていた。