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こたつを出したのは、特別な理由があったわけじゃない。
なんとなく寒くなってきて、なんとなく「そろそろかな」と思っただけだった。
「……あ」
真白はリビングの真ん中に置かれたこたつを見て、足を止める。
布団はまだ少し新しい匂いがして、天板の上には湯のみが二つ並んでいた。
「出したんだ」
「うん。今日、あんまり仕事立て込んでなかったから」
アレクシスはそう言いながら、湯のみを少しだけ真白のほうに寄せる。
中身はほうじ茶で、湯気がゆらゆらと立ち上っていた。
「入る?」
「……うん」
真白は靴下のまま、こたつの中に足を滑り込ませる。
一瞬ひやっとして、そのあとすぐ、じんわりとした温かさが広がった。
「……あったか……」
「でしょ」
アレクシスも向かい側から足を入れる。
こたつの中で、つま先同士が軽く触れた。
「あ」
「……ごめん」
「ううん」
謝るには小さすぎる出来事だったけれど、
ふたりとも少しだけ間を置いてから、何事もなかったように足を引っ込める。
でも、逃がしてしまうには、少し惜しい温度だった。
テレビでは昼のワイドショーが流れている。
内容に特別興味があるわけでもなく、音だけが部屋を埋めていた。
「こたつってさ」
「うん?」
「なんで、眠くなるんだろうね」
真白は頬杖をつき、半分とろけた声で言った。
アレクシスは少し考えてから、静かに返す。
「安心するからじゃない?」
「安心……」
真白はその言葉を反芻するように、こたつ布団の縁を指でなぞる。
「アレクと住んでから、冬そんなに苦手じゃなくなった」
「そう?」
「うん。前は寒いと、ただ縮こまるだけだったのに」
アレクシスは湯のみを持ち上げ、一口飲んでから言った。
「誰かと一緒だと、冬も形が変わるからね」
「ふーん……」
真白は少し考えて、こたつの中で足を伸ばした。
今度ははっきりと、アレクシスの足に触れる。
「……あ」
「今度は、わざと?」
「バレた?」
真白は小さく笑う。
アレクシスも、困ったように息を吐いてから、足を引っ込めなかった。
「寒い?」
「ううん」
むしろ、さっきより暖かい。
いつの間にか、真白はこたつに額を預けていた。
まぶたが重くて、テレビの音も遠い。
「寝る?」
「……ちょっとだけ」
アレクシスは立ち上がり、ブランケットを一枚持ってくる。
それを真白の肩と背中にそっと掛けた。
「風邪ひくよ」
「……ありがと」
その声はもう、半分夢の中だった。
しばらくして、アレクシスも本を閉じる。
こたつの向こうで眠る真白を見て、ほんの少しだけ迷ってから、
自分も布団の端を引き寄せた。
足先がまた触れる。
今度は、どちらも引かなかった。
こたつの中心で、温度が重なる。
外はきっと寒いままだけれど、ここだけはゆっくりと溶けていく。
冬は、まだ続く。
この部屋で、こうして過ごす時間と一緒に。