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ゆぴ
54
スミレ
131

2,307
日下部は廊下を駆けながら、職員室へ飛び込んだ。
「倉庫に人がいます。遥がいるかもしれません」
中の空気が一瞬だけ止まる。
けれど返ってきたのは、重たい沈黙とため息だった。
「またか」
「今度は何だよ」
面倒そうな声が先に出る。
誰も立ち上がらない。
日下部は一歩前に出る。
「場所は校舎端の倉庫です」
「……あそこか」
職員の一人がようやく鍵束に手を伸ばす。
それを日下部に放るように渡した。
「好きにしろ」
それだけだった。
同行する気配はない。
見に行く義務も、心配も、そこにはない。
日下部は鍵を受け取ると、そのまま踵を返した。
廊下を走る。
後ろからついてくる足音はない。
職員は誰も動かない。
ただ一人だけ、面倒そうにため息をつきながら、様子を見るように廊下へ出る者がいた。
倉庫の前に着いたとき、その職員は少し遅れて顔を出しただけだった。
日下部は迷わず鍵を差し込んだ。
金属音が静かな廊下に響く。
扉が開く。
中は薄暗く、冷えた空気が流れ出した。
職員は、後ろから覗くだけだった。
「……本当にいたのか」
面倒を確認するだけの声。確認というより、事務的な呟きだった。
日下部はそれに返さないまま、中へ入る。
奥に、遥がいた。
壁にもたれたまま動かない。
一瞬、日下部の足が止まる。
次の瞬間には駆け寄っていた。
「遥」
呼んでも反応は薄い。
視線は上がるが、焦点が合わない。
日下部はしゃがみ込む。
同じ目線になる。
喉の奥が重い。
言葉がすぐに出てこない。
代わりに、短く息を吐いた。
「……見つけるの、遅れた」
責めるでも、誰かに向けた怒りでもない。
ただ、それしか残っていなかった。
コメント
1件
読了しました……。 日下部が一人で職員室に飛び込んだ場面、胸が詰まりました。「好きにしろ」って鍵を渡すだけの大人たちの冷たさと、それでも走り続けた日下部の孤独がすごく重くて。 倉庫で見つけた遥の焦点の合わない目と、「見つけるの、遅れた」という日下部の一言に、全部の感情が凝縮されてる気がしました。誰も助けてくれない世界で、それでも誰かを探し続ける痛みが、ひたすら切なかったです。