テラーノベル
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営業が終わる少し前。
店内に残っている客は、かなり減っていた。
私はカウンターでグラスを片づけながら、フロアを見渡す。
高槻さんはまだいる。
三崎さんも、いつもの席で静かに飲んでいる。
真瀬さんは、さっき帰った。
それぞれ違う場所にいたのに。
今日はなぜか、三人のことを何度も考えた。
高槻さんの「独占したい」。
真瀬さんの「無理しなくていい」。
三崎さんの、何でも見透かすような目。
どれも意味が違う。
だから余計に困る。
「ナナ」
黒服に呼ばれる。
「高槻様、お時間です」
「はい」
席へ戻る。
「もう終わりかあ」
高槻さんが残念そうに言う。
「今日は長かったですよ」
「ナナちゃんといると短い」
「それ、毎回言ってません?」
「毎回思ってるから」
私は笑った。
「またそういうこと言う」
「本当なのに」
会計を済ませる高槻さんを見送る。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
出口へ向かいかけて、高槻さんが振り返る。
「ナナちゃん」
「はい?」
「明日、休み?」
「出勤です」
「そっか」
少し考える。
「じゃあ、また明日」
「はい」
ドアが閉まる。
私はその場に少しだけ立っていた。
「ナナ」
今度は三崎さん。
「はい?」
「今日は忙しかったですね」
「そうですね」
「疲れた?」
「ちょっとだけ」
「そう」
三崎さんはグラスを置いた。
「じゃあ、今日はもう仕事の顔やめたら?」
思わず笑う。
「閉店までは仕事です」
「真面目ですね」
「三崎さんに言われたくないです」
「確かに」
三崎さんも笑った。
その笑い方は、いつもの観察するようなものではなかった。
ほんの少しだけ、普通だった。
「三崎さんも、今日はもう帰ります?」
「もう少ししたら」
「じゃあ、私ももう少し頑張ります」
「うん」
それだけ。
三崎さんとの会話は、いつもこんな感じだ。
長くない。
でも、なぜか後に残る。
私はカウンターへ戻る。
最後のグラスを拭く。
閉店まで、あと少し。
そのときスマホが震えた。
画面を見る。
店の連絡ではない。
短いメッセージだった。
『今日はありがとう。楽しかった』
私は画面を見たまま、少しだけ笑う。
誰からなのか。
それを確認する前に、また別の通知が入った。
『明日、時間ある?』
私は指を止めた。
同じ夜に。
別々の人から。
違う言葉が届く。
どちらにも、まだ返信していない。
私はスマホを伏せた。
今すぐ返さなくてもいい。
そう思ったのに。
しばらくすると、またスマホを手に取っていた。
コメント
1件
うわ、この第54話、めちゃくちゃじわじわくる…! 三人の客との距離感の違いが、グラスを拭く動作や短い会話だけで全部伝わってくるのがすごい。特に三崎さんとの「仕事の顔やめたら?」のやり取り、あの一瞬の“普通の笑い”が効いてる。そして最後の同時通知から、どちらにも返せずスマホを伏せてまた手に取る仕草、もう完全に心の揺れが目に見えるみたいだった。続きが気になる!
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