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目が覚める前から、部屋は少し冷えていた。
暖房は切れていないのに、朝方の空気だけは別の温度を持っている。
真白は布団の中で一度だけ目を開け、すぐ閉じた。
起きる理由はある。仕事もある。
でも、まだ起きなくてもいい数分が残っている。
隣で、布が擦れる小さな音。
アレクシスが先に起きている気配。
「起きてる?」
低い声。
返事をするほどでもない声量で、
「……起きてる」
とだけ返す。
布団の端が少し持ち上がり、冷たい空気が入る。
すぐに、また閉じる。
その間に、マグカップの軽い音がした。
「コーヒー入れる。まだいい?」
「いい」
「ベッドまで持ってくる」
「いらない」
「持ってくる」
「……うん」
やり取りは短い。
どっちが勝つでもなく、毎回同じ結論になる。
しばらくして、ベッドの横に温度が来る。
湯気。
コーヒーの匂い。
真白はようやく起き上がり、背中を壁につけたまま受け取る。
まだ完全に覚醒していない手つき。
「熱い」
「知ってる」
「でも飲む」
「知ってる」
小さく一口。
体の中に、ゆっくり温度が落ちていく。
アレクシスはカーテンを少しだけ開けた。
外の光は弱い。
白くて、薄い。
「寒そう」
「寒いよ」
「出たくない」
「出る」
「出る」
同時に言って、少しだけ笑う。
真白はカップを持ったまま、足先を布団の外に出した。
床が冷たい。
でも、思っていたほどではない。
「今日、在宅?」
「午前だけ」
「午後出る?」
「うん」
「じゃあ昼、一緒に食べる?」
「家で?」
「家で」
少しだけ考える間。
コーヒーをもう一口。
「いい」
「何食べる?」
「なんでも」
「それ困る」
「温かいの」
「分かった」
会話はそれで終わる。
決まることは、いつも少ない。
でも、朝は進む。
ゆっくり、確実に。
真白は立ち上がり、まだ少し重い体のまま洗面所へ向かう。
背後で、アレクシスがベッドを整える音。
水を出す。
顔を洗う。
鏡の中の自分は、まだ完全に起きていない。
それでも、悪くない朝だった。
リビングに戻ると、テーブルにパンが置かれている。
トースターの音が止まる直前。
「焦げてない?」
「ギリ」
「ギリか」
「好きでしょ」
「嫌いじゃない」
皿を受け取る。
手が触れる。
特に何も言わない。
外はまだ寒い。
でも、部屋の中は少しだけ温度がある。
朝はいつもこうして始まる。