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鏡に映る自分の輪郭が、ひどく遠かった。
蓮司の匂いも、体温も、まだ皮膚に残っている。
けれど、あの瞬間、何かが満たされたわけじゃなかった。
ただひたすら、自分を壊すために、壊しにいった。
日下部に壊してほしかったものを、あの男に壊させた。
――おれは、おまえじゃないと無理だったんだよ、なんて。言えるはずもない。
制服のまま潰れたベッド。爪痕がついたシーツの端。
ぶつけたらしい頬の青い跡が、朝焼けにくすぶっている。
遥は動かなかった。動けなかった。
無力だったのは、日下部じゃない。
望みもしない選択を選び続けて、それで「守ってもらいたい」なんて、
どの口が言うんだ。
「……きっと、おまえも、あれ聞いたらさ。もうおれのことなんて――」
部屋の隅、沈黙の底で。
スマホが震えた。
着信ではない。通知だけ。
差出人は、日下部。
本文は一行だけ。
「おまえ、まだ話してくれないの?」
その瞬間、喉が詰まった。
蓮司にさえ見せなかった、涙が滲む。
「話してくれないの?」だって。
なにを? なにから? どうして?
おれが何をしたか――知らないくせに。
いや、違う。
知ったうえで、それでも、訊いてるのか。
「今からでも遅くない」なんて、言ってほしいのか。
そんな都合のいい世界、どこにあるんだ。
遥は立ち上がる。
まだ、歩ける。
汚れてるなら、汚れてるままで。
ただ、日下部の目の前にだけは――。