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ゆぴ
67
#創作
部屋のドアを閉めた。
鍵はない。
昔からだ。
遥は鞄を床へ置く。
制服のままベッドに腰を下ろした。
疲れていた。
学校。
家。
どこにいても気が休まらない。
目を閉じる。
数秒だけ。
それだけのつもりだった。
コンコン。
ノック。
返事をする前にドアが開く。
颯馬だった。
「何」
遥は顔を上げる。
颯馬は答えない。
部屋の中を見回す。
机。
棚。
ベッド。
そして。
床に置かれた鞄。
「見せろ」
「何を」
「鞄」
遥の身体が固まる。
「何で」
「見せろって言ってんだけど」
声が少し低くなる。
遥は動かない。
数秒。
沈黙。
颯馬は自分で鞄を引き寄せた。
「やめろ」
「何で?」
教科書。
筆箱。
ノート。
ひとつずつ出していく。
乱暴に。
床へ。
「やめろって」
「だから何で」
颯馬は笑っていた。
楽しそうだった。
その時。
転がった。
缶ジュース。
部屋が静かになる。
遥の呼吸が止まった。
颯馬が缶を拾う。
ラベルを見る。
何も言わない。
ただ。
じっと見ている。
「へぇ」
その一言。
嫌な汗が背中を伝った。
「買ったの?」
「……」
「もらったの?」
「……」
「どっち」
答えない。
答えたくない。
すると。
颯馬は缶を机に置いた。
「怜央菜」
部屋の外へ向かって呼ぶ。
すぐに足音。
「何?」
怜央菜が顔を出す。
「見て」
缶を指差す。
怜央菜は一瞬だけ見て。
そして遥を見る。
「ふーん」
笑った。
その笑い方を。
遥は知っていた。
最悪の時の笑い方だった。
「そういう感じなんだ」
「違う」
反射的に出る。
怜央菜の眉が少し上がる。
「何が?」
「そんなんじゃ」
「何も言ってないけど」
言葉が止まる。
颯馬が吹き出した。
「図星じゃん」
「違う」
「違うならそんな顔すんなよ」
遥は拳を握る。
苦しい。
説明できない。
したくもない。
その時。
廊下から晃司の声が飛んだ。
「何騒いでんだ」
「別に」
颯馬が答える。
「遥が面白いだけ」
数秒後。
重い足音が近づいてくる。
晃司が現れた。
部屋の空気が変わる。
颯馬も黙る。
怜央菜も。
晃司は机の上の缶を見る。
そして。
遥を見る。
「学校、楽しいか」
さっき聞かれた言葉だった。
でも今は違う。
遥は知っている。
これは質問じゃない。
「別に」
「そうか」
晃司は頷く。
それだけ。
怒鳴らない。
けれど。
「最近、余計なこと考えてそうな顔してるな」
低い声。
遥の背筋が冷える。
「……」
「勘違いするなよ」
晃司は遥から目を離さない。
「学校は学校だ。
家は家だ。
分けろ」
静かな声だった。
だからこそ重かった。
「余計なことに頭使う暇があるなら、自分の立場考えろ」
沈黙。
誰も喋らない。
晃司はそれだけ言って部屋を出た。
怜央菜も続く。
颯馬だけが残った。
ドアの前で振り返る。
「最近さ」
笑う。
「顔に出るようになったよな」
そして部屋を出て行く。
ドアが閉まる。
静かになる。
けれど。
遥には分かっていた。
終わったわけじゃない。
むしろ。
何かが始まったのだと。
コメント
1件
お疲れさまです、ruruhaさん。第8話、読みました。 缶ジュース一本がこんなにも重い緊張を生むんだなって、読んでいる間ずっと息が詰まりそうでした。特に「見せろ」から始まる颯馬さんの、楽しそうな声音と動き——あの軽さが逆に怖くて。そして晃司さんの「学校は学校だ。家は家だ。分けろ」という言葉、静かだからこそ、遥さんに選択肢がないことを突きつけてくるようで……ラストの「何かが始まった」という一文で、胸の奥がぎゅっとなりました。 距離感と視線の描き方が、本当に繊細で秀逸だと思います。続きが気になります。