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放課後。
相談室の窓から、少し傾いた光が机の端に落ちている。
ドアが小さくノックされた。
「どうぞ」
入ってきた生徒は、椅子の前で少し迷ってから座った。
カバンは膝の上。指がファスナーの金具を触っている。
「今日、ちょっと聞きたいことがあって」
日下部はペンを置く。
「優しい人って、信用できますか」
質問は急だった。
でも本人はずっと考えていた顔をしている。
「どういう意味で?」
生徒は視線を机に落とす。
「なんていうか……優しい人ほど信用できない感じがして」
言ったあとで、小さく笑った。
「変ですよね」
「珍しくはない」
日下部は少し考えてから続ける。
「優しさって、本音が見えにくい行動だから」
生徒は顔を上げた。
「怒る人は分かりやすい。腹が立てば怒るし、嫌なら嫌な顔をする。でも、優しい人は違う。怒らないし、否定もしない。だから本当のところがどこにあるのか見えにくい」
生徒はゆっくり頷いた。
「それです。怒る人より、優しい人の方が何考えてるか分からない感じがして」
「もう一つ理由があると思う」
「理由?」
「人は、優しさに意味を探す」
生徒は少し考える。
「なんでこんなに優しいんだろう、って?」
「そう。裏があるんじゃないか、とか。あとで何か言われるんじゃないか、とか」
生徒は苦笑した。
「あります。親切にされると、あとで何か来るんじゃないかって思います」
「前にそういうことがあった?」
少し間が空く。
「まあ……優しかった人が、あとで急に距離置いたり。裏で色々言ってたの知ったり」
言葉は淡々としている。
でも覚えている感じだった。
「そういう経験があると、脳は覚える。優しさ=安全とは限らない、って」
部屋が少し静かになる。
「でも、全員疑うのも疲れます」
生徒が言った。
「それは正しい」
日下部は椅子にもたれた。
「だから、優しいかどうかで信用を決めない」
「じゃあ何で決めるんですか」
「行動と時間」
生徒は少し首を傾げる。
「優しい人でも、言うこととやることが同じか。困ったときにどうするか。時間が経っても態度が変わらないか。そのあたりを見る」
生徒は考える。
「優しさじゃなくて……続くかどうか」
「そう。優しさは性格だけど、信用は履歴だから」
「履歴」
「記録みたいなものだ。人は、言葉よりその人の積み重ねの方が正確に出る」
生徒は少し笑った。
「なんか、分かる気がします」
椅子から立ち上がる。
ドアの前で振り返った。
「優しい人って、疑ってもいいんですか」
日下部は少し考える。
「疑う必要はない。ただ、観察していればいい」
「観察」
「急いで信用を決めなくていい。時間を見れば、だいたい分かる」
生徒は小さく頷いた。
「ありがとうございました」
ドアが閉まる。
優しさは入り口になる。
でも、信用を決めるのは、だいたいその人のその後の行動だ。