体育館に入ると、空気がいつもより重いのを感じた。クラスの奴らが並んで、俺を見る。何かを待ってる、いや、俺を待ってる――その目の中の悪意が、いつもより濃く、息が詰まりそうになる。
今日は、球技のペア決め。俺は、いつも通り誰かのために動こうとした。バスケットボールのゴール付近で、仲間がボールを取り損ねたとき、俺はすぐに拾って渡そうとした。だけど、クスクス笑いが止まらない。
「おい、遥、その顔、マジで気持ち悪いわ」
「なに必死になってんの?ボール拾うだけでそこまで頑張るとか……笑える」
笑われながらも、俺は手を止めない。必死に、相手のために。けれど、それがさらに嘲笑を呼ぶ。肩を軽く叩かれ、ボールを奪われ、床に押し倒される。その拍子に手首がぶつかり、痛みが走る。声を出さないように咽び泣くけれど、目の前で笑っている奴らは、痛みすら楽しむかのようだ。
「お前、さっきの取り方、下手すぎだろ」
「ほんと、いちいち必死だな」
言葉の一撃が心臓を直撃する。善意も努力も、全部、笑いものになる。渡したかったボールも、奪い返されて蹴られ、ゴールから遠くに飛ばされる。俺の手は、空を切るだけだ。
さらに輪が広がる。女子も男子も、俺を囲むようにして見ている。誰かが俺の肩を押して笑い、誰かが足元をちょっと引く。バランスを崩したところに、もう一人が軽く膝で突く。転ばないように耐えながらも、必死で立ち上がる。笑い声が体育館中に響く。息を整えようとしても、喉が詰まって、「くっ……」と小さく声が漏れる。それすら笑われる。
俺がボールを拾おうとすると、誰かが足元に置いた用具を転がして妨害する。手を伸ばせば、叩かれ、押され、何もできずに空中で宙ぶらりんになる。心の中で「ごめん……俺、また邪魔した……」と呟きながらも、声には出せず、顔だけ強張らせて耐える。
「ほんと、お前ってさ、何やってもウケるよな」
「気持ち悪い笑顔やめろよ、吐きそう」
必死で善意を出しても、出すほどに笑われ、攻撃される。投げられたボールが体に当たるたびに、痛みと屈辱が重なる。腕を押さえながら、内心で「俺なんかいなくなればいいのに……」と思う。けれど、立ち上がるしかない。立たなければ、今の悪意の集中はもっと加速する。
何度も転ばされ、蹴られ、押される中で、体は痛みで震え、呼吸は荒い。けれど、強がりで顔を上げるしかない。内心はボロボロでも、「負けてたまるか」と小さく歯を食いしばる。努力と善意が、笑いものになり、身体を蹂躙される。だけど、それでも、立ち上がるしかない――その必死さが、さらに嘲笑のネタになるという、逃げ場のない悪循環。
気が付くと、体育館全体が俺を中心に回っているようだった。踏みにじられるたび、善意や努力が砕け、残ったのは痛みと屈辱だけ。それでも、俺はまだ立っている。心の中で、少しでも役に立ちたいと思う自分が、また踏みにじられることを知りながら――。
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