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夏帆との電話を切った透也は、エプロンを外して玄関へ向かった。
ドアを開けると、そこにはジーンズ姿の駿介が立っていた。
(平日なのに私服? 会社はどうしたんだ?)
透也は眉をひそめる。一方の駿介は、透也が出てきたことに驚き、言葉を失った。
この時間なら透也は仕事中だろうと踏んで、わざわざこのタイミングを狙って来たのだ。
「よお伊坂、久しぶりだな」
「なっ……なんでお前がここにいるんだよ」
「何って、ここは俺の家だからな。久しぶりなのに挨拶もなしなんて、冷たいねえ……」
透也が苦笑すると、駿介はむっとした顔で言った。
「夏帆に会わせてくれ。いるんだろ?」
「夏帆? ああ、今は出てるよ。女友達と飲み会って言ってたから、遅くなるんじゃないかな」
夏帆がいないと知り、駿介は露骨に肩を落とした。
「中条は、夏帆と付き合ってるのか?」
「ああ、そうだよ」
「いつからだ?」
「つい最近かな。お前、彼女を振ったんだって?」
「夏帆に聞いたのか?」
「ああ。振った女に、なんでまたわざわざ会いに来た?」
透也の鋭い視線が駿介を射抜く。普段の柔らかい雰囲気とはまるで違っていた。
「しゃ、写真集を持ってきてやったんだよ」
「送ればよかったのに……なんで直接?」
そう問われ、駿介は言葉に詰まる。
「ち、近くまで来たついでだよ」
「近く? こんな下町に用があったのか?」
「ああ、そうだよ。悪いか」
「ふーん……まあ、夏帆が帰ったら渡しとくよ」
透也はそう言って写真集を受け取り、駿介が帰るのを待った。
しかし、駿介はその場を動こうとしない。
「ずいぶんいい匂いがしてるじゃないか。本当は夏帆、いるんだろ?」
「いねーよ。俺が料理してたんだ」
「お前が料理?」
駿介は目を見開く。
「悪いか? 今どき男が料理するなんて珍しくないだろ?」
「……」
家事を一切しなかった駿介は、言い返す言葉が見つからない。
夏帆と付き合っていた頃、コップひとつ洗ったこともなかったのを思い出す。
「へぇ……お前ら、うまくいってるんだ」
「もちろん。あんないい子を手放すなんてバカだよな。まあでも、お前が振ってくれたおかげで、俺たちは出会えた。感謝しないとな」
(そんなに夏帆がいいのか?)
駿介は心の中でつぶやく。
「おっと、鍋を火にかけたままだった。用は済んだんだから、もういいだろう?」
「あ、ああ……忙しいときに悪かったな。じゃあ、夏帆によろしく伝えてくれ」
その言葉に、透也の我慢が限界を超えた。
「お前さ、浮気して彼女を傷つけたんだろ? なのに“よろしく伝えてくれ”なんて……いくらなんでも調子よすぎじゃないか? 彼女は前を向いて頑張ろうとしてるのに、なんでわざわざ水を差すようなことをする?」
「い、いや……俺はただ……」
「ただ、なんだよ。彼女は会社まで辞めたんだぞ。そこまで追い込んだのは誰だ? お前、自分の立場を分かってるのか?」
普段は穏やかな透也のすごんだ表情に、駿介はようやくハッとした。
言い返す言葉もなく固まる駿介に、透也はさらに続けた。
「少しは相手の気持ちを考えろ。彼女にとって、お前はもう二度と会いたくない存在なんだ。だから、もう二度と来ないでくれ」
吐き捨てるように言い放つと、透也は勢いよくドアを閉めた。
残された駿介は、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
(くそっ……会社が順調だからっていい気になりやがって! 見た目は相変わらずチャラくて軽そうだし……あれで有名ファンドのCEOだと? 笑わせるなよ! 調子に乗ってるのは、どう考えてもあいつのほうだろ!)
毒づきながら、駿介は怒りを顔に浮かべたままその場を立ち去っていった。
その様子を、夏帆はドアスコープ越しに見ていた。
駿介が来た瞬間から、そっとドアを開けて二人のやり取りを聞いていたのだ。
駿介の姿が完全に消えると、夏帆は呆れたようにため息をついた。
「あんな人と付き合ってたなんて……最悪。私の人生で唯一の汚点だわ。ほんと見る目なくてバカ!」
そうつぶやきながら、透也が駿介に向けてくれた言葉を思い返す。
(あんなふうに味方してくれるなんて……少し心が救われた気がする……)
胸の奥に、じんわりと温かい感情が広がっていった。
そのとき、携帯が鳴ったので、夏帆は慌ててリビングへ戻り電話に出た。
「夏帆ちゃん、お待たせ~。伊坂は今帰ったけど、まだ外にいるかもしれないから、外出は少し時間を置いてからのほうがいいかも~」
「ありがとうございます。助かりました。やっぱり写真集を持って来たんですね」
「うん。でもさ、どうする? あいつの部屋にずっと置いてあった本だろ? 嫌じゃない?」
「正直、嫌ですね……でも佐伯さんの写真集は捨てがたいので……どうしよう……」
「だったら俺が佐伯さんから同じものをもらってあげるよ。サイン入りでね。そうすれば、この写真集は売っちゃえばいいじゃん」
夏帆は思わず声を上げた。
「ええっ! 本当ですか?」
「うん。佐伯さん、家に献本がいっぱいあるって言ってたし、たぶんこの写真集もあるんじゃないかな」
「でも、ご迷惑では……?」
「ぜんぜん。むしろ喜ぶと思うよ。そこまで熱心なファンがいるってね」
「……じゃあ、お願いしようかな。もちろん代金はお支払いします」
「いーのいーの、気にしないで」
「そんなわけにはいきません! 高価なものですから」
「本当に大丈夫だから……。あ、じゃあさ、代金の代わりに、俺の頼みを一つ聞いてくれる?」
「頼み? なんですか?」
「昨日食べたシチューを真似して作ってみたんだけど、量が多すぎちゃってさ。一緒に食べてくれない? 二日連続シチューで悪いけど」
意外な申し出に、夏帆は驚いた。
「中条さん、お料理されるんですか?」
「うん。俺の数多い趣味の中のひとつ」
「わぁ、そうなんだ……」
「うまくできたか味見して批評してよ。どれくらい近づいてるか?」
「すごいです! 一流レストランの味を再現できるなんて……」
「いや、適当だから期待しないで。これから少しずつ本物に近づけていければいいかなって思ってるだけだからさ」
「ふふ。すごい」
「じゃあ、今すぐおいでよ」
その瞬間、夏帆のお腹がグーッと鳴った。
昼食が早かったせいで、お腹はぺこぺこだ。
「分かりました。じゃあお邪魔しますね」
「うん、待ってるよ~」
透也はそう言って電話を切った。
突然の展開に、夏帆はそわそわし始める。
(そっか。ミニマリストって言ってたお部屋の中も見られるんだ……楽しみ!)
夏帆は慌てて髪をとかし、リップを塗った。
そして、昨日買っておいた近所の洋菓子店のクッキーを手に取り、うきうきしながら隣へ向かった。
コメント
11件
夏帆ちゃんの🗑️元彼駿介に対し、毅然とした態度で「二度と来ないでくれ」と言い、退治した透也さん!⚔️👊 普段はゆるふわだけど、いざという時には男らしくてカッコ良い〜!素敵だわ……😎🖤
透也さんカッコいい〜!!💖
距離がだんだん近付いてきましたね💓✨💓 シチューを食べながら楽しい時間を過ごして欲しいな 駿介はまだまだ要注意‼️