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ゆぴ
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スミレ
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その直後だった。
遥がポケットを押さえた動きを見て、颯馬の口元がゆっくり歪んだ。
「そんなに大事か」
「……違う」
「違うなら見せろ」
「嫌だ」
答えた瞬間、部屋の空気が張り詰めた。
晃司がソファから立ち上がる。
「返事を訂正しろ」
遥は視線を逸らさなかった。
「……嫌だ」
短い沈黙のあと、晃司はため息をつく。
「最近、本当に覚えが悪くなったな」
その言葉を合図にしたように、颯馬が遥との距離を一気に詰めた。
遥は身構える。
避ける間もなく身体を突き飛ばされ、大きく体勢を崩した。
鈍い衝撃が背中を走る。
息が詰まった。
「何回言わせるんだよ」
颯馬が見下ろす。
「お前に拒否権なんかねぇだろ」
遥は立ち上がろうとする。
その腕を払われ、もう一度床へ崩れた。
痛みより先に込み上げたのは、悔しさだった。
「……返せよ」
「命令してんのか?」
「返せって言ってるだけだ」
「その言い方が気に入らねぇ」
颯馬は鼻で笑う。
晃司も止めない。
沙耶香は腕を組んだまま眺め、怜央菜は冷めた表情で遥を見ていた。
「学校でもそうなの?」
怜央菜が口を開く。
「最近はそんな態度で喋ってるわけ?」
遥は答えない。
「黙ってたら済むと思ってる?」
「……」
「返事」
「違う」
「何が違うの」
質問ではない。
追い詰めるための言葉だった。
遥は答えを探す。
けれど、この家では何を言っても間違いになる。
「分かりません」
やっと絞り出した声に、颯馬が笑った。
「それだよ。何も考えてません、分かりません、知りません。便利だな」
遥は唇を強く噛む。
「学校で惨めな顔して。
家でも同じ顔して。
そのくせ、外の人間には目を向ける」
颯馬の言葉が胸に刺さる。
日下部の顔が一瞬頭をよぎった。
それだけで、自分の表情が変わった気がした。
しまった。
そう思った時には遅かった。
「今の顔」
颯馬は見逃さなかった。
「図星か」
遥は反射的に首を振る。
「違う」
「じゃあ何を思い出した」
「何も」
「嘘つけ」
部屋に沈黙が落ちる。
遥は呼吸を整えようとするが、うまくいかない。
この家では、痛みそのものよりも、自分の感情を見抜かれることの方が恐ろしかった。
怒りも、安心も、迷いも。
少しでも表に出せば、それは弱点として扱われる。
だから隠す。
必死に隠す。
それでも隠しきれない。
その事実だけが、遥を少しずつ追い詰めていった。
コメント
1件
もう、読んでいて胸がぎゅっとなりました……。遥くんが「分かりません」と絞り出す場面、本当に辛かったです。この家では何を言っても間違いになる——その絶望感がひしひしと伝わってきました。特に、自分でも“しまった”と気づくあの瞬間の描き方が繊細で、心に残りました。続きがすごく気になります。