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#創作BL
灯依
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モコビリ ❨低浮上❩
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コメント
1件
うわあ……読んでて胸がぎゅっとなりました。同じ玄関、同じ食卓なのに、澪継だけが「そこにいない扱い」を受けてる感じがひしひしと伝わってきました。特に「返す必要のある声として扱われていない」って一文が刺さります。春真との温度差が日常の細かい描写で描かれていて、無視とか暴力じゃないけど確かに存在する“家族内の格差”がリアルでした。最後の坂本からの「明日ノート見せる」、それだけなのに救いになるのがまた切ないですね。
玄関の扉が開く音は、いつも同じだった。
けれど、その音の先にある空気は、澪継にとっていつも違った。
「ただいまー」
春真の声が先に入る。
明るい。軽い。家の中の空気に自然に溶けていく声。
「おかえり、春真。今日遅かったじゃない」
母の声がすぐに返る。
柔らかい。
少し笑っているのが分かる声。
「部活。腹減った」
「ちょうど良かった。好きなやつ作ってあるよ」
そのやり取りを、澪継は半歩遅れて聞いている。
「……ただいま」
自分も言う。
同じ玄関で。
同じタイミングで。
でも。
「……」
返事は、ない。
聞こえていないわけじゃない。
分かっている。
ただ、返す必要のある声として扱われていないだけだ。
靴を揃える。
春真の靴の隣に、自分の靴を置く。
同じ形。
同じサイズ。
でも、並び方だけで何かが違って見える。
リビングに入る。
テーブルには、もう皿が並んでいた。
春真の前には、大きめの器。
湯気の立つスープ。
肉料理。
彩りのあるサラダ。
澪継の席にも皿はある。
ある、けれど。
量が違う。
目に見えて。
「……」
見ないふりをする。
もう慣れている。
数えない。
比べない。
そう決めてきた。
「春真、今日の試合どうだった?」
父が新聞から顔を上げる。
「まあまあ。俺、結構点取った」
「さすがだな」
笑い声。
母も笑う。
「やっぱり春真はすごいね」
その言葉が、部屋の中心に置かれる。
自然に。
当然のように。
「……」
澪継は箸を持つ。
何も言わない。
言う場所がない。
「澪継」
突然、父の声。
顔を上げる。
「……はい」
「お前、最近学校でどうなんだ」
心臓が一瞬だけ強く打つ。
「……普通」
反射的に答える。
一番安全な言葉。
「普通ってなんだ」
少しだけ、声が低い。
問いというより、詰問に近い。
「……」
言葉が詰まる。
何を言えば正解なのか、分からない。
「春真みたいに部活もしてないし、友達も多いわけじゃないだろ」
淡々と言われる。
悪意を隠さない声。
「……」
黙る。
否定しても意味がない。
「せめて勉強くらいちゃんとしろよ」
父の視線が落ちる。
「返事は?」
「……はい」
小さく答える。
それで終わる。
春真のときは会話。
自分のときは確認。
同じ言葉のやり取りでも、温度が違う。
食事のあと。
「春真、これ切ってくれる?」
母が笑いながら言う。
「いいよ」
自然に立ち上がる。
包丁を持つ。
慣れた手つき。
「助かるー」
その横を、澪継は黙って通り過ぎる。
「あ」
母の声。
振り返る。
「澪継、皿洗っといて」
言い方は軽い。
でも、お願いじゃない。
決定事項。
「……うん」
短く返す。
キッチンの水音。
皿を洗う。
泡が指に絡む。
リビングからは笑い声。
春真の話。
部活の話。
クラスの話。
人気者の話。
澪継の耳にも届く。
届くけれど、そこに自分の入る余地はない。
「……」
皿を洗いながら、昼の言葉を思い出す。
“つまらない”
“合わせればいい”
どこまで。
何に。
誰に。
部屋に戻る前。
廊下で春真とすれ違う。
「……今日さ」
春真が言う。
「何」
「なんか元気なくね?」
軽い声。
悪意はない。
ただ、気づいただけの声。
「……普通」
また、その言葉を使う。
「普通って便利だな」
春真が少し笑う。
冗談のつもりだろう。
でも。
「……」
澪継は少しだけ止まる。
「……便利だから」
小さく返す。
春真の表情が少しだけ変わる。
「……そっか」
それだけ。
踏み込んではこない。
部屋。
ドアを閉める。
鍵はない。
ベッドに腰を下ろす。
制服の袖を見つめる。
今日一日で、何度“普通”と言っただろう。
学校で。
家で。
春真に。
父に。
自分に。
「……」
普通。
それは守るための言葉。
でも同時に、
何も伝えないための言葉でもある。
スマホが震える。
画面を見る。
坂本からのメッセージ。
今日、なんかあった?
短い一文。
それだけ。
でも。
「……」
指が止まる。
春真でもない。
家族でもない。
学校の外側でもない。
少しだけ違う場所から来た言葉。
澪継は、しばらく画面を見つめる。
それから、ゆっくり打ち込む。
……別に
送信しようとして、止める。
消す。
打ち直す。
少しだけ疲れた
送る。
数秒後。
そっか。明日ノート見せる
それだけの返信。
慰めでもない。
深掘りでもない。
でも。
「……」
少しだけ、息が抜ける。
同じ屋根の下にいても届かない声がある。
逆に、
遠い席からなら届く声もある。
その違いが、今日はやけに鮮明だった。