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午前中、シェアハウスは妙に静かだった。
静かというより、音が噛み合っていない。
アレクシスのキーボードは一定のリズムで進む。
一方、真白の作業は止まったり、早まったり、間が空いたりする。
カタ、……カタカタ。
……無音。
またカタ。
アレクシスは一度だけ手を止め、時計を見た。
集中できていないわけではない。ただ、今日は“気になる”。
「真白」
「ん?」
「音、気になる?」
「……ちょっとだけ」
正直な返事だった。
「ごめん。うるさかった?」
「ううん、逆。静かすぎる」
アレクシスは眉をわずかに上げる。
「静か?」
「仕事始めって、もっと……ざわざわしてる気がして」
「外だと、な」
「うん。でも今日は家だから」
真白は画面から目を離し、指先を組む。
「集中しようとすると、逆に気になる」
「何が?」
「音が合ってない感じ」
アレクシスは少し考え、立ち上がる。
「じゃあ、環境変えるか」
「え?」
キッチンから小さなスピーカーを持ってきて、低音量で音楽を流す。
歌詞のない、淡いジャズ。
「これなら?」
真白は耳を澄ます。
「……いい」
「よかった」
作業を再開する。
今度は、キーボードの音が音楽に溶けた。
しばらくして、真白が小さく息を吐く。
「進んだ?」
「うん。少し」
「それなら上出来だ」
昼過ぎ、真白は珍しく自分から休憩を提案した。
「外、行く?」
「今?」
「五分でいいから」
二人で玄関を出る。
冬の空気が、思ったより冷たい。
「仕事中に外出るの、変な感じ」
「でも頭切り替わる」
「確かに」
戻ると、部屋の空気が少し違って感じられた。
午後、真白は作業が乗ってきたらしく、ほとんど話さない。
アレクシスはその背中を視界の端に入れながら、自分の仕事を進める。
夕方、真白が突然言った。
「……今日さ」
「うん?」
「一人で仕事やってる感じじゃなくてよかった」
アレクシスはすぐに返事をしない。
「邪魔だったら言って」
「言わない。必要だから」
それだけで十分だった。
音楽を止める。
キーボードの音が、また二つになる。
今度は、ずれていなかった。