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玄関の鍵を開けた瞬間、家の中の空気が、外より冷たいと遥は思った。
時計の針は、とっくに許される時間を越えている。
「――遅い」
声は低く、感情がない。
それが一番、怖かった。
靴を脱ぎきる前に、胸ぐらを掴まれる。
濡れた服。震えが止まらない体。
それを見て、理由を聞くことはなかった。
「何回言わせる」
金属が床に触れる音がする。
遥はそれだけで、反射的に背中を丸めた。
最初の一撃で、音が変わった。
鈍く、硬い音。
息が喉の奥で詰まる。
「返事」
声が出ない。
次が来る。
肩。
背中。
逃げ場はない。
床に崩れると、引き起こされる。
倒れることすら、許されない。
「躾だ」
その言葉だけが、何度も繰り返される。
まるで免罪符みたいに。
金属の冷たさが、服越しでも伝わる。
当たるたびに、体の中で何かがずれる感覚。
泣き声が出たところで、止まることはない。
むしろ、それが続行の合図みたいだった。
「死ぬほどじゃないだろ」
誰に言っているのかもわからない言葉。
途中で、意識が一瞬遠のく。
それでも完全には落ちない。
落ちさせないように、力は調整されている。
それが一番、残酷だった。
終わったのは、
遥が動かなくなったからではない。
叩く側が、満足したからだ。
床に転がされたまま、
「風呂、使うな」
それだけ言われる。
遥は返事をしない。
できない。
部屋に戻ることも許されず、
廊下の隅で丸まる。
体の痛みより、
今日一日が全部、否定された感覚が重くのしかかる。
外で何があったか。
なぜ遅れたか。
説明する権利は、最初からなかった。
ただ一つ、はっきりしているのは――
ここに帰ってきても、終わりではないということ。