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目が覚めた瞬間、遥は動けなかった。
額には汗。喉は乾ききっていた。
でも、水を飲む気にもなれなかった。
それよりも──身体の奥に残った“あの感覚”が、まだうごめいていた。
夢の中で触れられた場所が、うっすらと疼いている。
ほんとうに触れられたわけじゃないのに。
ただの夢なのに。
──けれど。
現実の遥の身体は、ちゃんとそこに反応していた。
快感を知ってしまった肉体が、まだ怯えたように熱を持っている。
「……きもちわる」
かすれた声で呟いて、自分の指を喉元に当てた。
冷たい。
けれど、内側の熱は引かない。
“嬉しかったんでしょ?”
夢の中の日下部の声が、耳の奥にもう一度響く。
その顔は、どこか蓮司に似ていた。
そして、その言葉には──確かに“ほんとうの自分”が込められていた。
「違う、ちがう……そんなこと、思ってない」
そう言いながら、遥は両手で顔を覆った。
目の奥がじんと熱くなる。涙が、自然とこぼれていた。
枕に顔を埋める。
でも、泣き声を殺すには足りなかった。
喉が痛いほど震えている。胸がうまく呼吸できない。
“あんたは、汚れてる”
──義母の声が過った。
“こっち来んな、気持ち悪ィんだよ”
──颯馬の声が続く。
“嬉しそうにしてたじゃん、あの時”
──蓮司の声が重なる。
“自分で望んだくせに、何被害者ヅラしてんの?”
──沙耶香の、微笑を貼りつけた声。
一つひとつが、胸に杭のように突き刺さる。
「違う、オレは、オレは……」
何が違うのか、もうわからない。
自分の中の“汚れ”が、全身に染みついて取れない。
夢であんな反応してしまった自分が、
悦んでしまった自分が、
……何よりも、気持ち悪い。
自分自身に触れるのが怖い。
でも、どこにも逃げられない。
自分という檻からは、一生出られない。
布団をかぶって、丸くなった。
その小さな背中は、誰にも見られないところで震えていた。
涙はもう枯れていた。
それでも、震えは止まらなかった。
──もう、なにもわからない。
守りたかったはずだ。
日下部を、あいつだけは。
だけど、夢の中でオレは──あいつの手に“望んで”触れられていた。
守りたいと、壊されたいが、ぐちゃぐちゃになっていく。
声にならない呻きが喉奥で揺れた。
「オレが、一番きたない」
そう呟いたとき、遥の身体は、ようやく静かになった。
静かすぎて、今度は“空気の重さ”だけが全身を押し潰してくる。
それでも。
声がまた聞こえるのが怖くて、
夢の続きを見るのが怖くて──
遥は朝が来るまで、まばたきもできないまま、
目を開けて、天井を見つめ続けていた。