テラーノベル
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駅前のロータリーは、夕方でも明るすぎた。
人が多い場所ほど、声は小さくなる。
小さくても、逃げ場がない。
「こっち」
呼ばれて、歩く。
断る理由はない。
断ったところで、結果は同じだから。
改札を抜けない。
駅の中でもない。
外でもない。
人が多くて、誰も関与しない場所。
そこに立たされる。
「ジュース買ってこい」
財布を投げられる。
小銭が足元に落ちる。
拾う。
「全部違うのな」
「一本ずつ」
「間違えたら最初から」
笑い。
自販機の前で、種類を確認する。
後ろで見ている。
近づかない距離で。
でも、逃げられない距離で。
戻る。
「遅」
「冷えてない」
「やり直し」
中身を確認される。
一本、足元に落とされる。
「拾えよ」
拾う。
通行人が横を通る。
見る。
でも、通り過ぎる。
「座るな」
ベンチに近づくと、言われる。
「立ってろ」
「端で」
「邪魔だから」
端に立つ。
少し押される。
戻る。
また押される。
「ここ通るんだよ」
「分かんない?」
謝る。
「……ごめん」
「聞こえね」
「すみません」
笑い。
「丁寧だな」
「いい子だな」
肩を軽く叩かれる。
軽く。
でも、続く。
押される。
戻る。
押される。
人が通る。
見て、逸らす。
「次、コンビニ」
歩く。
後ろ。
横。
囲まれてはいない。
でも、離れられない。
コンビニの中。
「これ温めろ」
「これも」
「あとこれ」
両手に持つ。
レジに並ぶ。
後ろから声。
「ポイントカードある?」
「ない」
「作れよ」
笑い。
店員が一瞬だけ見る。
何も言わない。
袋を持たされる。
「落とすなよ」
外に出る。
袋を取られる。
中身を確認される。
「箸足りない」
「戻れ」
戻る。
店員がまた見る。
何も言わない。
「走れ」
言われる。
袋を持って、少し走る。
笑いが後ろで続く。
戻る。
「遅」
「体力なさすぎ」
「鍛えろよ」
肩を押される。
バランスを崩す。
持ち直す。
「倒れるなよ」
「ここ人いるんだから」
笑い。
駅前の広場。
人は多い。
音も多い。
光も多い。
その中で、何も起きていないみたいに進む。
誰も止めない。
止める理由がない。
暴れているわけじゃない。
叫んでいるわけでもない。
ただ、扱いが決まっているだけ。
「そこ立っとけ」
立つ。
袋を持ったまま。
時間が分からない。
スマホを見ない。
見せない。
「顔上げんな」
言われる。
下を見る。
地面。
靴。
影。
「なあ」
誰かが言う。
「お前さ」
少し間。
「なんで生きてんの?」
笑い。
答えない。
「聞いてんだけど」
「……分かんない」
自分でも驚く。
声が出た。
笑い。
「分かんないんだ」
「便利だな」
「存在理由なし」
「でも消えない」
「邪魔なのに」
笑い。
遥はそのとき、周りの音が遠くなる。
車の音。
改札の音。
アナウンス。
全部、遠い。
目の前の声だけが、近い。
「なあ」
また呼ばれる。
「楽しい?」
少し考える。
「……分かんない」
「またそれ」
「壊れてるじゃん」
笑い。
壊れている。
その言葉だけ、少し残る。
壊れているなら、直すものがあるはずで。
でも、ここでは直す必要はない。
壊れたままで都合がいい。
「次、移動」
言われる。
どこへ、とは言われない。
歩く。
人の多い場所から、少しだけ離れる。
でも、完全には離れない。
誰かが見ているかもしれない場所。
見ていても、関わらない場所。
遥は思う。
ここで起きていることは、特別なことじゃない。
殴られているわけでも、叫ばれているわけでもない。
ただ、全員が同じ認識を共有している。
こいつはこう扱っていい。
ここまでならいい。
これ以上でもいい。
止めなくていい。
「おい」
呼ばれる。
「はい」
反射みたいに返事が出る。
「返事だけはいいな」
「便利」
笑い。
自分の声が、自分のものじゃない気がする。
体も、少し遅れて動く。
考えるより先に、従う方が楽になっている。
楽、というより、抵抗がない。
抵抗しても、結果が同じだから。
「次さ」
誰かが言う。
「学校戻る?」
「いや」
「まだいいだろ」
「時間あるし」
笑い。
どこへ行くのか分からない。
でも、拒否しない。
拒否する言葉が、もう浮かばない。
遥は、自分の内側が静かに薄くなっていくのを感じている。
怒りも、恐怖も、恥も、あるはずなのに、 表に出る形を失っていく。
ただ一つだけ、残る。
嫌われている。
それだけは、はっきり分かる。
理由は分からない。
最初も分からない。
でも、今はもう、理由は関係ない。
「おい、遥」
呼ばれる。
「はい」
「顔」
上げる。
一瞬、目が合う。
「……やっぱ無理だな」
笑い。
「人じゃねえ」
その言葉は、駅の雑音に紛れて消える。
でも、中には残る。
遥は思う。
説明するのは、もうやめよう。
分かってもらう前提が、もうない。
ここでは、理解されないことが前提。
人の多い場所の中で、遥はただ、そこに置かれている。
名前も、理由も、意味もなく。
コメント
1件
第51話、読み終わりました……。なんというか、胸の奥がぎゅっとなるようなエピソードでした。 駅前という公共の場で、誰もが目を逸らす中で進んでいくこのやりとり。暴力でも暴言でもない、でも確かに人を削っていく「扱い」の手際の良さがリアルで、読んでいて息が詰まりました。特に「なんで生きてんの?」という台詞と、それに対する「……分かんない」という遥さんの応答。あそこで初めて声が出たことに、かえって胸が痛みました。 「壊れたままで都合がいい」——この一文がずしりと残っています。物語の空気感が本当に巧みで、次の展開が気になります。ruruhaさん、お疲れさまです。続き、楽しみにしていますね。