テラーノベル
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午後の会議室に、場違いなほど大きな箱が運び込まれてきた。
「危ない危ない、そこ曲がる、あっぶない!」
箱の後ろから顔を出したのは、細い眼鏡をかけた女性だった。髪は少し乱れ、腕には別の小箱まで抱えている。けれど目だけは子どものようにきらきらしていた。
「ヒューバートさん」
ルチノが低く言う。
「今日の打ち合わせは三時からです」
「知ってるわよ。でも見せたい物があったの」
彼女はずいと箱を机に載せた。
「アンティーク玩具。十九世紀末のオルゴール人形。あと、戦前の布うさぎ。あと、個人的に自慢したい木馬」
「最後はいらない情報です」
「いるの。心が動くから」
外部デザイナー、ヒューバート。
名前は聞いていたが、想像していたよりずっと自由だった。
箱のふたが開くと、会議室の空気が変わった。
古い玩具たちは少しくたびれていたが、どれも一目で分かる魅力を持っていた。使われてきた時間が、傷ではなく表情になっている。
「かわいい……」
思わずこぼしたクリストルンに、ヒューバートが素早く振り向く。
「あなた、分かる人?」
「分かるというか、なんというか、見てると胸がきゅっとします」
「最高の感想!」
ヒューバートは勢いよくクリストルンの前に来た。
「新人さん?」
「はい、企画部のクリストルンです」
「ラフ、描く?」
「少しだけなら」
「見せて」
突然の流れに戸惑いながらも、クリストルンはノートを差し出す。
そこには、親の声を預けるぬいぐるみの簡単な形と、耳元に小さなボタンを隠す案が書き込まれていた。
ヒューバートはページをめくり、黙る。
数秒の静けさのあと、彼女は息を吐いた。
「発想は青い」
「はい……」
「でも心は本物」
顔を上げたヒューバートの目に、冗談の色はなかった。
「うまくまとめられてないし、危ういし、商品にするにはまだ足りない。でも、誰に何を渡したいのかはちゃんと見えてる」
クリストルンは胸の奥が熱くなるのを感じた。
会議室で初めて、自分の考えの芯を見てもらえた気がした。
ヒューバートは古布の切れ端を一枚つまみ上げる。
「見た目だけで売れる玩具はたくさんある。でも抱いた瞬間に、誰かを思い出す玩具は少ない」
「誰かを……」
「あなた、そこを狙ってるでしょ」
クリストルンはこくりとうなずく。
ヒューバートはにやりと笑った。
「いいわ。私はそういう無茶、好きよ」
横でルチノが疲れたように目を伏せる。
「好きだからって全部煽らないでください」
「だって面白いもの」
ヒューバートの視線が、ふとクリストルンの胸ポケットに落ちた。
「そのリボン、誰の?」
「母のです」
「……そう。なら、そのやわらかさ、覚えておいて。形にするとき、たぶん役に立つ」
言葉は軽いのに、なぜか深く残った。
空乃 美晴
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雨晒しの原稿用紙
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