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放課後。
チャイムが鳴ってしばらく経った空き教室。
日下部は机に広げた数学の課題を眺めていた。
半分くらい解いたところでドアが開く。
「あ」
日下部が顔を上げる。
「お疲れ」
「……お疲れ様です」
生徒はそう言って入ってくる。
向かいの席に座った。
日下部はシャーペンを置く。
「で?」
生徒は少し迷う。
それから口を開いた。
「なんか」
「うん」
「昔より笑えなくなった気がするんです」
日下部は黙って聞く。
「小学生の頃とか」
生徒は続ける。
「もっと単純だった気がして。テレビ見て笑ったり、友達とふざけたり」
少し間。
「今も笑うんですけど」
視線が落ちる。
「なんか違うというか」
「楽しくない?」
「いや」
生徒は首を振る。
「楽しい時もあります。でも前みたいに心から笑ってる感じがしないんです」
教室に少し静かな時間が流れる。
「いつ頃から?」
日下部が聞く。
「中学くらいですかね」
「何かあった?」
「別に大きなことは」
生徒は考える。
「ただ」
少し間。
「人の目を気にするようになったかもしれません」
日下部は頷く。
「笑い方とか?」
「はい。テンション高すぎないかなとか、変じゃないかなとか」
日下部は小さく息を吐く。
「監視役が増えたな」
「え?」
「自分の中に」
短く言う。
生徒は黙る。
「小さい頃って」
日下部は続ける。
「笑う前に確認しない」
生徒は少し考える。
「確かに」
「でも成長すると空気とか周りの反応とか自分の見え方とか、考える」
生徒は頷く。
「考えます」
「そりゃ疲れる」
短く返る。
生徒は少し笑った。
「今笑いましたね」
「笑ったな」
「笑っていいかなって考えた?」
生徒は止まる。
「……考えてないです」
「それ」
日下部は言う。
生徒は黙る。
「笑えなくなったというより」
少し間。
「笑う前に考える回数が増えたんじゃないか」
生徒は視線を落とした。
「それかもしれません」
窓の外から運動部の声が聞こえる。
「あと」
日下部が言う。
「昔と今じゃ笑う理由も変わる」
「どういうことですか」
「小学生の笑いと高校生の笑いは違う」
短く言う。
「前と同じ感覚を探しても見つからないことある」
生徒は考える。
「じゃあ、変わっただけなんですかね」
「たぶんな」
日下部は言う。
「全部失くなったわけじゃない」
生徒は少し黙る。
「なんか、昔の自分の方が楽しそうだった気がしてました」
「昔の自分は」
日下部が立ち上がる。
「中間テストの順位も気にしてなかっただろ」
生徒は吹き出した。
「それはそうです」
「比較するなら条件揃えろ」
「無理ですね」
二人とも少し笑う。
生徒は立ち上がった。
「ありがとうございました」
「数学の課題残ってるから帰るわ」
「ちゃんと高校生でしたね」
「今さら何だそれ」
ドアが閉まる。
昔より笑えなくなった気がする時。
それは楽しさが消えたからではなく、考えることが増えたからなのかもしれない。
コメント
1件
ああもう、これめっちゃわかる……。「笑う前に考える回数が増えた」ってフレーズ、ドンピシャすぎて胸に刺さったわ。日下部の「監視役が増えたな」の切り返しも痺れる。昔の自分と比べて凹むより、笑いの質が変わったって捉え方、すごく納得できる。2人の空気感が丁寧で、静かな会話劇がめちゃくちゃ良かった。続きも読みたい!
ruruha
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ruruha
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