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夕方の部屋は、音が少なかった。
仕事が終わったあとの、どこにも向かわない静けさ。
真白はソファに腰掛け、スマホを持ったまま画面を見ていない。
考え事をしている時の、いつもの癖だった。
キッチンでは、アレクシスがコーヒーを淹れている。
湯を注ぐ音が、今日は少し遠くに聞こえた。
「……ねえ」
真白の声は、静かだった。
「どうした?」
アレクシスは手を止めず、やわらかく返す。
「今日さ。
ちょっと外、出るって話してたでしょ」
「ああ、うん」
「俺、あれ……少し楽しみにしてた」
一瞬だけ、動きが止まる。
「行けなくて、ごめん」
「うん。
行けなかったのは、わかってる」
真白は言葉を切り、少し間を置く。
「ただ……俺に聞かなかったのが、気になった」
アレクシスは振り返る。
「聞く、って?」
「一緒に行くかどうか、とか。
俺がどう思うか、とか」
責める調子ではない。
だからこそ、逃げ場がなかった。
「邪魔だと思った?」
「違うよ」
アレクシスはすぐに否定する。
「仕事が残ってたし、
真白は一人でも大丈夫かなって……」
その言葉に、真白は小さく息を吐いた。
「それ」
「……うん」
「“大丈夫かどうか”じゃなくてさ」
真白は視線を落とす。
「俺、一緒にいる前提で考えてほしかっただけ」
アレクシスは、少しだけ眉を下げた。
「省いたんだと思う」
「?」
「説明も、確認も。
気を遣ったつもりで、省いた」
「……それ、優しいけど」
真白は苦笑する。
「俺がいなくても成り立つ、って聞こえた」
沈黙が落ちる。
コーヒーの香りが、行き場を失う。
「そう聞こえたなら、俺の言い方が悪かった」
アレクシスは、はっきりと言った。
「真白を外したつもりはない」
「……うん」
「でも、勝手に判断した」
真白は少し考えてから、頷く。
「俺さ。
一緒にいるって決めてからは、
ちゃんと“二人分”で扱ってほしい」
「うん」
「一人で決めるの、たまにでいいから」
アレクシスはマグを二つ持ってきて、真白の前に置く。
「次からは、聞くよ」
「……それでいい」
完全に元に戻ったわけじゃない。
でも、置き去りにされた前提は、ちゃんと拾われた。
真白はマグを両手で包む。
「コーヒー、濃い」
「今日は、そういう日かと思って」
「……合ってる」
小さな喧嘩だった。
でも、“一緒にいる”という感覚を、確かめ直すには十分だった。