そして終業時刻を迎えると、秘書三人は帰り支度を始める。
この日はさおりが一番先に退社した。さおりはこの後友人と約束があるようだ。
二番目に奈緒が部屋を出ようとすると、恵子はまだ作業をしていた。
「恵子さん、まだ終わらないのなら手伝いましょうか?」
「ありがとう。でも修正部分を直すだけだから大丈夫よ。それに今日はデートだから、時間潰しにちょうどいいんだ」
恵子はそう言ってニッコリと笑った。
「デートですか? わぁ、いいなぁ。楽しんで来て下さいね」
「ありがとう」
「じゃあお先に失礼します」
「お疲れ様ー」
秘書室を出た奈緒はエレベーターに乗った。
(そっか、恵子さんデートなんだ)
恵子の恋人は一体どんな人なんだろうと想像する。
(恵子さんはいつも好き好きオーラを出してるから、きっと素敵な人なんだろうな)
奈緒は笑みを浮かべながらエレベーターを降りると出口へ向かった。
その時、ホールの隅にあるロビーソファのコーナーから声がした。
「奈緒!」
びっくりした奈緒が声の方を振り返ると、ちょうど省吾がソファーから立ち上がったところだった。
「深山さん! どうしたんですか?」
省吾は上着とバッグを手にしている。
「今日は早く終わったから、奈緒と一緒に帰ろうと思ってさ」
「え? でもこんなに早くて大丈夫なんですか?」
「明日からはまた忙しいから、今日くらいはのんびりしないとね。じゃあ行くぞ」
突然省吾が歩き出したので、奈緒は慌てて後に続く。
省吾はビルを出ると、この前と同じように裏通りへ向かった。
「今日も車ですか?」
「うん。奈緒はこの後予定はないよね?」
「ないです」
「じゃあ飯でも食って帰ろう」
「え? でもすぐに帰ればゆっくり休めるのでは?」
奈緒は省吾が出張帰りで疲れている事を気遣う。
「奈緒とデートした方が元気になれるよ」
その言葉に奈緒はドキッとする。
(え? これってデートになるの? あ、もしかして『偽装恋人』同士のデートっていう意味かな?)
奈緒はそう考えて納得する。
今日省吾は、あの日海で会った時に乗っていたSUV車で来ていた。
「この車、海に乗ってきていた車ですよね?」
「そう。普段は大体こっちに乗ってるんだ」
その時省吾が助手席のドアを開けてくれたので、奈緒は助手席に座る。
省吾は運転席に乗り込むと、すぐにエンジンをかけた。
「どこに行こうかな? とりあえず湾岸エリア方面にでも行く?」
それを聞いた奈緒の瞳が輝く。湾岸エリアなら海が見られるかもしれない。
「イタリアン・スパニッシュ系のシーフードが美味い店があるんだけど、そこでいい?」
「はい。シーフード大好きです」
「じゃあそうしよう」
そして省吾は車をスタートさせた。
夕暮れ前のこの時間、まだ辺りは明るかった。
仕事を終えた人々があちこちのビルから出て来て歩道を埋め尽くす。そして一斉に駅へと向かう。
その人の波をすり抜けるようにして、車は走り続ける。
ハンドルを握りながら、省吾は奈緒の膝の上にあるバッグにぶら下がった『降るリン♪』に気付いた。
「バッグにつけてくれたんだ?」
「はい。可愛いので早速つけちゃいました」
はにかむように言った奈緒を見て、省吾は満足そうに頷く。
フワフワモフモフした『降るリン♪』はとても触り心地が良く、奈緒は無意識にずっと触っている。
そんな奈緒の事を、省吾は時折チラリと見ていた。
そこで奈緒は明日の朝報告しようと思っていた事を思い出し、省吾に伝えた。
「そういえば今日帰る間際に大松製作所のお電話があって……」
奈緒が話し始めると、省吾が遮るように言った。
「ストップ! 今日はもう仕事の話はおしまい」
そして省吾は左手を伸ばし、人差し指を奈緒の唇に当てる。
それ以上話さないでという意味らしい。
突然話を遮られた奈緒は、少しムッとしながら言った。
「早くお知らせた方がいいと思ったのに……」
ほっぺをふくらませている奈緒の顔を見て、省吾がプハッと噴き出す。
「わかったよ、そんなに怒らないで」
「もういいです。絶対に明日まで言いませんからっ」
「そんなにぷりぷりしなくてもいいだろう? ほら、機嫌直してさー」
「別に私は怒ってなんかいませんから」
「怒ってるじゃないか」
「怒ってませんっ」
「いーや、怒ってる」
「違うのに……」
奈緒は最後はもごもごと言った。
すると突然車が停まった。省吾はハザードランプをつけて道路脇に車を停めていた。
奈緒がどうしたんだろう? と思い省吾の顔を見上げると、省吾が奈緒の唇を塞いだ。
コメント
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キャァー😆🩷🩷🩷「いーや」からの突然のキスにキュンしーーーーーーッ(〃ω〃)…昨日から心臓がヤババ💦💖💖💖
マリコ様毎日3話更新ありがとうございます 今日の衝撃は 省吾さんいきなりのキス💋‼️ この後どうなるのかしら 楽しみに次読みますね
(///∇///)やったーねぇ省吾さん💕