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猫塚ルイ

柊は知っている。 残らない。 何度書いても。 どれだけ強く刻んでも。 “自分の名前だけが消える”。
柊(じゃあ)
名前じゃない形で、残す。 教室。放課後。 誰もいない。静か。 でも。 “空じゃない”。 積み重なっている。 踏まれた回数。
押さえられた時間。 笑われた声。 全部、この場所に残っている。 柊は黒板の前に立つ。 チョークを持つ。 指先に、確かな感触。
柊(書ける)
ゆっくり。数字を書く。
15
消えない。
柊(……)
もう一つ。
20
残る。
柊(名前じゃなければ)
消えない。
次の日。教室。
生徒A
黒板を見る。
15
20
生徒B
誰も覚えていない。 でも。誰も消さない。 理由はない。 ただ。“消してはいけない気がする”。 授業中。 教師が黒板を使う。 書く。式。単語。説明。 でも。 「15」と「20」だけ、消えない。 チョークで上書きしても。 なぞっても。薄く透けて残る。
教師
一瞬、止まる。でも。
教師
流す。
職員室。
教師A
写真。黒板。
15
20
教師B
教師A
教師B
教師A
教師C
資料を出す。 監視カメラ。 教室内の映像。 誰もいない時間。 なのに。 黒板の数字が、増えている。 15 → 18 → 20 誰も書いていない。 でも、増えている。
教師B
教師A
沈黙。
教師C
教師A
別の紙。ログ。
異常なし
異常なし
異常なし
教師B
教師A
教師C
教師A
教師B
教室。 柊は立っている。 黒板を見る。 数字が増えている。
柊(数えてる)
あのときと同じ。 やられていた回数。 記録されている。 でも。
柊(名前がない)
やっぱり。 “誰に対してか”だけがない。 柊は、床に視線を落とす。 ゆっくり。 足を乗せる。 何もない場所。 でも。沈む。確かに。
柊(ここ)
“自分がいた位置”。 柊は、もう一度踏む。 一回。 床がわずかに沈む。 二回。 さらに沈む。 三回。
柊(記録する)
名前じゃない。 行為で。残す。 次の瞬間。 教室の空気が、歪む。 一人の生徒が、顔を上げる。
生徒
足元を見る。何もない。 でも。 床が、わずかにへこんでいる。
生徒
触る。固い。 でも。“踏まれ続けた跡の硬さ”。
生徒
手を引く。柊は、その様子を見る。
柊(残ってる)
名前は消える。 でも。行為は消えない。 黒板。 数字の下に、新しい文字が浮かぶ。
『きろく』
『のこってる』
『でもなまえがない』
柊は、それを見る。静かに。
柊(次)
名前でも。記録でもない。
柊(“正しさ”を壊す)
教室の床が、わずかに沈む。 誰もいないはずの場所に、重さが増えていく。