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「おい、立てよ」
三年の先輩が、モップの柄を遥の前に投げつけた。床にカランと響く音が、妙に冷たかった。
「折れてんだろ? ほら、松葉杖だ。ありがたく使えよ」
「ムリだ……痛くて……」
遥は涙で濡れた顔を伏せ、声を震わせた。
「ムリじゃねえ。ムリでもやんだよ」
「そうそう、“ムリ”って言葉、お前には禁止な」
二年の男子が笑いながら背中を蹴り、遥の身体が前に倒れる。手首の骨が悲鳴を上げ、床に額がぶつかった。
「……ああ……っ……」
声が漏れ、喉がひゅっと詰まる。
「ほら、拾えって。這ってでも拾え」
女子がスマホを構えながら、つま先でモップを遠くに転がす。
「見てこれ、完全に犬じゃん。かわいそ〜」
「犬に失礼だろ。犬は可愛いし役に立つけど、こいつは何の価値もねぇ」
遥は必死に這いながらモップを掴む。震える腕で身体を支えようとするが、痛みに力が抜けて崩れ落ちた。
「ギャハハ! 立てねぇー!」
「やっぱ四つん這いがデフォだな。もう一生そうしとけよ」
「なんで……なんで……ここまで……」
かすれた声で、遥は問いかけた。
「俺……何した……? どうしたら……やめてくれる……?」
その弱い声に、周囲が一斉に爆笑した。
「やめるわけねーだろ!」
「やめるのはお前の息だけ!」
「そうだよ、“何もしてない”から嫌われてんだよ。何も価値ないのに生きてるからさ」
「やめてほしい? じゃあ死んでみろよ。そうしたら終わるかもな?」
遥の喉が詰まり、言葉が出なくなる。
「ほら、松葉杖ごっこスタート!」
二人の男子が遥の脇を乱暴に掴み、無理やり立たせる。骨折した足を支点にされ、鋭い痛みに遥の叫びが漏れた。
「っ……あああああっ!」
「よしよし、いい声出た!」
「じゃあ歩け。モップ突いて、歩けよ!」
「……っ……ムリ……ほんとに……もう……」
「黙れ! ほら、足動かせ!」
背中を押され、遥はよろめきながら数歩進む。体は限界で、すぐに崩れ落ちた。床に顔をぶつけ、血の匂いが広がる。
「おーい、転んだぞ! 次、罰ゲームどうする?」
「土下座で廊下を這わせようぜ。見物増えるだろ」
「いいねー! 昼休みまでに“学校一周”だ!」
遥は声にならない声で呟いた。
「……もう……殺してくれ……」
その囁きを聞きとった誰かが、腹を抱えて笑った。
「聞いた? “殺してくれ”だって! ダッサ!」
「死ぬ勇気もねーくせに!」
「そうそう、死ねないからオモチャになってんだよな」
笑い声と足音に囲まれ、遥の世界は狭まり、出口のない迷路のように閉ざされていった。