テラーノベル
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蒼の指が顎から離れても、凪はすぐには動かなかった。
さっきまで触れられていた場所に、妙に熱が残っている。
部屋の空気は、先ほどより少し静かになっていた。
皆が会話を止めて、二人の様子を見ているからだ。
誰かが小さく言った。
「近いな」
それは笑い混じりの声だった。
凪はそれを聞いて、ようやく自分の状況を意識する。
床に膝をついたまま、蒼を見上げている。
蒼はしゃがみ込み、凪の目の高さに顔を寄せている。
距離は、ほとんどない。
蒼の吐く息が、頬に触れるくらいの距離だった。
凪の喉が小さく鳴る。
蒼はそれを聞き逃さなかった。
口の端がわずかに上がる。
「緊張してる?」
凪は視線を逸らす。
正直に答えるしかない。
「……うん」
その答えを聞いた瞬間、周囲からくすくすと笑い声が漏れた。
でも蒼は笑わない。
むしろ、少しだけ興味深そうな顔になる。
「へえ」
蒼の手が凪の首に触れる。
掴むほど強くはない。
でも、逃げようと思えばすぐ分かる位置。
指が喉仏の横をなぞる。
凪の身体が小さく震えた。
その反応を見て、蒼の目がわずかに細くなる。
そのとき、蒼は自分でも気づいていた。
楽しい。
怒りでもない。
ただ純粋に、
凪の反応を見ていると、身体の奥がじんわり熱くなる。
恥ずかしそうに目を逸らすところ。
触れただけで呼吸が乱れるところ。
それが、妙に面白い。
そして同時に――
もっと見たくなる。
蒼はその衝動を、今回は隠さなかった。
「立て」
凪はゆっくり立ち上がる。
まだ視線は少し下がったままだ。
蒼は凪の手首を掴んだ。
軽く。
けれど、逃げられない程度に。
部屋の中が少しざわつく。
「お、 珍しい」
蒼が凪に直接触れることは、今まであまりなかったからだ。
蒼は凪をベッドの方へ引き寄せる。
凪は抵抗しない。
ベッドの前まで来ると、蒼は言った。
「座れ」
凪はベッドの端に座る。
蒼はその前に立つ。
自然と、凪は蒼を見上げる形になる。
視線の高さが完全に上下に分かれていた。
蒼はそれを見て、また少し笑う。
「なあ」
凪の顎に指を当てる。
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また顔を上げさせる。
「今どんな気分?」
凪は答えに詰まる。
恥ずかしい。
怖い。
でも、それだけじゃない。
胸の奥が妙に落ち着かない。
蒼に見られていると、
どこかから逃げられない気持ちになる。
それをどう言葉にすればいいか分からない。
「……わからない」
小さくそう言った。
蒼は少し驚いたように眉を上げる。
それから、楽しそうに笑った。
「正直だな」
そのとき、部屋の後ろから声が飛んだ。
「蒼」
振り向くと、ソファに寝転がっていた男が笑っていた。
「それだけ?」
周りも少し笑う。
「もっとやれよ」
「さっきまで犬とか言ってたじゃん」
その言葉で、部屋の空気が変わる。
期待。
煽り。
面白がり。
そういうものが混ざる。
凪はその空気を感じて、胸の奥がざわつく。
蒼は一瞬だけ黙る。
そして、凪を見る。
その視線には迷いがほとんどなかった。
むしろ、
背中を押されたような表情だった。
蒼は凪の耳元に顔を寄せる。
距離がまた近くなる。
凪の心臓が一気に速くなる。
蒼は小さく囁いた。
「逃げたい?」
凪は目を閉じる。
少し考える。
怖いのは確かだ。
でも――
「……逃げない」
蒼の目がゆっくり細くなる。
その答えが、
蒼の嗜虐心を静かに刺激していた。
「そう」
蒼は凪の肩を軽く押す。
凪はそのままベッドに倒れる。
周りから「おお」という声が上がる。
蒼は凪の上に手をついた。
完全に覆いかぶさる形ではない。
でも、逃げるスペースはない。
凪は蒼を見上げる。
顔が近い。
近すぎる。
蒼はその顔を見て、ゆっくり言った。
「ほんと。
いい顔するな、お前」
凪の頬が、さらに赤くなった。
その様子を見て、蒼の胸の奥で
静かな熱がまた広がっていく。
これはもう、
ただの遊びではなくなり始めていた。
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