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最初に褒められたのは、服だった。
「そのコーデ、かわいいね」
学食で隣の席の子にそう言われて、私は反射的に笑った。
うれしい、というより、ほっとした、が近い。
その日の服は、大きめのフード付きパーカーに、少し長いマフラー。
髪も前に流して、頬の輪郭がなるべく見えないようにしている。
鏡で何度も調整した。
顔の形が目立たない角度。
影が落ちる位置。
自分の顔は、好きじゃない。
目は小さいし、鼻は低いし、輪郭もなんだか中途半端だ。
かわいい子の隣に立つと、はっきり分かる。
だから、顔じゃなくて、服を見てもらう。
それが一番、傷つかない方法だった。
「また新しい服?」
後ろから声がして振り向く。
彼女だった。
長い黒髪をゆるく結んで、相変わらず綺麗な顔で笑っている。
大学に入ってすぐ仲良くなった、唯一と言っていい友達。
私は肩をすくめる。
「うん、まあ」
「最近そういう感じ多いね」
言葉は普通だけど、彼女は特に褒めない。
他の子は言う。
「今日もおしゃれだね」
「その雰囲気似合う」
でも彼女は言わない。
最初は、気づいてないのかなと思った。
でも違う。
明らかに、見てる。
なのに、何も言わない。
だからだんだん、分かってきた。
ああ、やっぱり。
と思う。
顔が見えてるからだ。
みんなが褒めるのは、たぶん遠目だから。
フードと髪で、輪郭がぼやけてるから。
でも彼女は近い。
いつも隣にいる。
だから分かるんだ。
隠しても、結局、顔は私のまま。
その事実が、じわじわ胸に落ちてくる。
ある日、我慢できなくなって聞いた。
「ねえ」
帰り道だった。
夕方の駅前、人は多いのに、二人だけみたいな空気。
「ん?」
「私の服って、変?」
彼女は少しだけ首を傾げる。
「変ではないよ」
「じゃあさ」
言葉が少し詰まる。
「なんで、一回も褒めないの」
沈黙。
歩く足音だけが続く。
やっぱり聞かなきゃよかった、と思った頃。
「……ああ」
彼女が小さく言った。
「それか」
「それ?」
「褒めてほしかったんだ」
思わずムッとする。
「普通そうでしょ」
「うん、ごめん」
彼女は素直に謝った。
でも続けて、困ったみたいに笑う。
「でもさ」
「うん」
「顔、隠してるじゃん」
胸が、すっと冷えた。
やっぱり。
そういうことだ。
「だから」
私は目を逸らす。
「そのほうがいいでしょ」
「なんで」
「なんでって……」
言いかけて、言葉が止まる。
うまく説明できない。
でも彼女は、少し真剣な顔で私を見る。
「私さ」
「うん」
「その格好、好きじゃない」
胸がぎゅっとなる。
予想通りの言葉。
だけど、次の一言が予想外だった。
「顔見えないから」
思わず顔を上げた。
「……え?」
「だって」
彼女は不思議そうに言う。
「隠れてるじゃん」
「いや、だから」
「なんで隠すの」
答えられない。
彼女は少し黙ってから、静かに言った。
「私は、顔も好きだよ」
頭の中が一瞬、真っ白になった。
「……え」
「だから」
彼女は肩をすくめる。
「服だけ褒めるの、変じゃない?」
「……」
「顔見えない状態で『かわいい』って言うの、なんか違うし」
彼女は少しだけ照れたように笑った。
「私は、顔込みで好きだから」
その言葉は、驚くほど静かだった。
でも、まっすぐだった。
嘘とか、気遣いとか、そういう感じじゃない。
ただの事実みたいに言う。
私はしばらく歩けなかった。
足が止まる。
彼女も止まる。
「……ほんとに?」
自分でも情けない声だった。
彼女は少し眉を寄せる。
「疑うの?」
「だって」
喉が少し痛い。
「今まで誰も言わなかった」
「私が言ってる」
「でも」
「でも?」
言葉が続かない。
彼女は少し考えて、それから言った。
「じゃあ、こう言えばいい?」
そして、まっすぐ私を見る。
「顔も、かわいい」
恥ずかしげもなく。
あまりにも普通に。
その言い方が、逆に嘘っぽくなかった。
私は何も言えなくなる。
風が吹いて、マフラーが少し揺れた。
「……暑い」
私はぽつりと言う。
「そう?」
「うん」
マフラーを外す。
フードも下ろす。
急に顔が全部出て、少しだけ落ち着かない。
でも彼女は、ただ見ている。
そして少し笑う。
「そっちのほうがいい」
「ほんと?」
「うん」
私は少し考える。
それから肩をすくめた。
「別にさ」
「うん」
「この服、好きなわけじゃないんだよね」
「そうなの?」
「顔隠れるから着てただけ」
彼女は少しだけ目を丸くする。
「じゃあ」
「うん。もう着ないかも」
彼女は笑った。
さっきより、少しだけ柔らかい笑顔だった。
「それは、ちょっと楽しみ」
「なんで」
「好きな服着るんでしょ」
私は少し考えてから言う。
「……まだ分かんないけど」
「一緒に探す?」
自然に言う。
まるで、当たり前みたいに。
私は少しだけ笑った。
「うん」
夕方の光の中で、風がまた吹く。
顔はたぶん、前よりずっと見えている。
でも不思議と、さっきほど怖くなかった。