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放課後の図書準備室は、暖房が弱い。
机の上に、封も切られていない相談用紙が置かれている。
日下部はそれを裏返した。
読む前から、内容が想像できる字面だった。
ドアが少しだけ開く。
覗く。入らない。
閉めるかと思えば、また開く。
「入っていい」
言うと、やっと入ってきた。
椅子に座らない。
立ったまま。
「どうした」
「……嫌われたくなくて」
よくある出だしだ。
だが、続きが少し違った。
「嫌われたくないから、断れないとかじゃなくて」
言葉を探している。
日下部は待つ。
「嫌われたくないから、
別に嫌じゃないことまで嫌って言えない」
日下部は、少しだけ顔を上げた。
「嫌じゃないのに?」
「はい」
「じゃあ別にいいだろ」
「でも」
生徒はそこで詰まった。
「……嫌じゃないはずなのに、
後から腹が立つんです」
沈黙。
「その場では、
“まあいいか”って思ってるんです。
本当にいいと思ってる。
なのに帰ってから、なんか、
……利用された気がして」
日下部は頷かなかった。
「嫌じゃないなら利用じゃない」
「でも、
“次も頼んでいい?”って言われると、
断れないです」
「嫌じゃないんだろ」
「……はい」
「じゃあやれ」
即答だった。
生徒が一瞬固まる。
「でも、
ずっと続く気がして」
「続くな」
「え」
「お前が嫌になるまで続く」
淡々としている。
「で、嫌になった頃には
相手は“前はやってくれたのに”って顔する」
「……はい」
「そこで初めて、
お前は嫌われる」
静か。
「それが怖いんだろ」
生徒は頷いた。
「じゃあ早い方がいい」
「え?」
「嫌になる前に嫌われとけ」
乱暴に聞こえるが、
声は平坦だった。
「嫌じゃないことを
嫌って言う練習」
「それ、嘘じゃないですか」
「そうだな」
日下部は頷いた。
「でも、
後から腹立てるよりは
まだマシだ」
少し間。
「お前は、
嫌われたくないんじゃなくて」
そこで言葉を切る。
「“いい人のまま”でいたいんだ」
生徒は何も言わない。
「いい人ってのは便利だ。
でも長く続かない」
窓の外で部活の声がした。
「崩れるとき、
一番嫌な崩れ方する」
「……」
「だから、
少しずつ嫌われとけ」
「少しずつって」
「期待を下げろ」
日下部は初めて相談用紙を見た。
「“できる人”やめろ。
“いい人”もやめろ。
中途半端に」
生徒は苦笑した。
「全部やめたら?」
「孤立する」
「少しなら?」
「残る」
短い。
「人間関係ってのはな、
期待の残量で続く」
時計が鳴る。
生徒は、やっと椅子に座った。
「……明日、
一個だけ断ってみます」
「ああ」
今度はおかしくない声だった。
生徒は帰り際、振り返る。
「ねぇ」
「何」
「嫌われたら、どうします」
日下部はすぐには答えなかった。
少し考えてから言った。
「慣れる」
それだけだった。