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放課後の空き教室。
カーテンが半分閉じられて、光が斜めに入っている。
日下部は机の上に広げたプリントを見ていたが、ノックもなくドアが開いた。
入ってきたのは同学年の生徒。
知っている顔だが、ほとんど話したことはない。
「ここ、今いい?」
「別に」
遠慮する様子もなく入ってきて、椅子に座る。
座ってから、ようやく口を開いた。
「……できると思われてるの、しんどい」
日下部はすぐには反応しなかった。
“勉強が大変”とか“部活が忙しい”の話ではない声の重さだったからだ。
「できると思われてる?」
「うん。
なんか、最初にちょっと上手くやったら、
ずっとそれ前提になる」
机の木目を指でなぞる。
「別に、できるって言った覚えないんだよ。
頼まれたとき、たまたまやれただけで」
「で?」
「次もできると思われる」
短い。
「で、できなかったとき、
“あれ?”みたいな顔される」
そこで、やっと日下部が視線を上げた。
「怒られるわけじゃない。
責められるわけでもない」
続ける。
「でも、
勝手に期待されて、
勝手に失望される」
少しだけ笑う。
「こっちは何も約束してないのに」
日下部は椅子の背にもたれた。
「断れば」
「断ってる」
「じゃあいいだろ」
「良くない」
即答だった。
「断った瞬間、
“できるのにやらない人”になる」
静か。
「最初からできない人なら、
何も言われないのに」
日下部は少しだけ息を吐いた。
「配置されてんだな」
「え」
「お前がどうかじゃなくて、
周りの中の“役”に」
生徒は黙る。
「できるやつ、
頼れるやつ、
そういう枠」
「……うん」
「そこに一回入ると、
抜けるの面倒なんだよ」
日下部は窓の外を見る。
「抜けるとき、
能力が下がったと思われるか、
性格が悪くなったと思われるか、
どっちかだ」
「そう」
短く返る。
「どっちも違うのに」
沈黙。
「じゃあ、どうすればいい」
問いというより確認。
日下部はすぐ答えなかった。
「……期待ってさ」
一拍。
「満たすより、
ズラす方が楽なんだよ」
「ズラす?」
「全部できないやつになるんじゃなくて、
“波あるやつ”になる」
生徒が少し顔を上げる。
「できるときもある。
やらないときもある。
そういう人間だって覚えさせる」
「それ、時間かかるよね」
「かかる」
即答。
「でも、
一回固定された役のままよりはマシ」
教室の外を誰かが走る音がした。
「……失望されるの、慣れる?」
小さく。
日下部は少し考えた。
「される回数が増えると、
精度が下がる」
「精度?」
「相手の期待の」
視線が合う。
「最初は外すと目立つ。
何回か外すと、
“あ、こういうやつか”で落ち着く」
生徒は少しだけ笑った。
「評価、下げるってこと?」
「安定させるってこと」
間。
「……そっか」
立ち上がる。
「今日、もう一個頼まれてる」
「やるのか」
「やる」
ドアに手をかける。
「でも、次は分かんない」
振り返らないまま言う。
「そう思わせるとこから、か」
日下部は何も言わなかった。
ドアが閉まる。
静かになる。
机の上のプリントを、日下部は裏返した。
誰かの期待の上に乗るのは、
だいたい最初だけ軽い。