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6
夜は終わらなかった。
時計の針だけが進む。
十二時。
十二時半。
一時。
遥はリビングに座らされたままだった。
誰も「部屋に戻れ」とは言わない。
誰も「もういい」とも言わない。
ただ。
帰してくれない。
それだけだった。
晃司はスマホを見ている。
沙耶香はテレビを眺めている。
怜央菜は雑誌をめくっている。
颯馬はソファに寝転がっている。
会話もほとんどない。
なのに。
遥だけは座らされている。
まるで。
人間ではなく。
何かの展示物みたいに。
「立て」
突然、晃司が言った。
遥は立つ。
「座れ」
座る。
「立て」
立つ。
「座れ」
座る。
理由はない。
説明もない。
それが何度も続く。
遥は黙って従う。
反抗する気力もない。
颯馬が笑った。
「犬の方がまだ楽しそうだな」
誰も注意しない。
むしろ。
沙耶香が小さく吹き出した。
遥は俯く。
「顔上げろ」
晃司。
遥は顔を上げる。
「下げるな」
「……」
「返事」
「分かった」
数分後。
「何で下向いてる」
言われる。
何をしても正解がない。
昔からそうだった。
遥は知っている。
これは確認だ。
自分がどれだけ消耗するか。
どこまで耐えるか。
それを見ている。
一時半を過ぎた頃。
怜央菜がふと口を開いた。
「ねぇ」
遥は反射的に身体を強張らせる。
「最近さ」
柔らかい声。
けれど。
その声で良いことが起きたことはない。
「楽しそうだよね」
またそれだった。
遥は黙る。
「違うなら違うでいいんだけど」
怜央菜は笑う。
「何か変わったよね」
沙耶香も頷く。
「前の方が扱いやすかった」
遥の指先が僅かに震えた。
颯馬はそれを見ていた。
見逃さない。
「ほら」
笑う。
「今も」
沈黙。
「反応した」
その瞬間。
遥は気づく。
最初から全部そこだった。
何を言うかじゃない。
何に反応するか。
何を隠そうとするか。
何が痛いのか。
それを見ている。
四人で。
ずっと。
観察している。
晃司が立ち上がった。
遥の前まで来る。
「勘違いするな」
低い声。
「お前の生活は何も変わってない」
遥は動けない。
「学校も。
家も。
お前自身も。
何も変わってない」
逃げ道を潰すように。
一つずつ言葉が落ちる。
「変わったと思うな」
遥は返事をしなかった。
できなかった。
なぜなら。
その言葉は。
否定したいのに。
心のどこかに刺さっていたからだ。
日下部といる時間。
笑いそうになったこと。
安心したこと。
全部。
全部。
自分だけが勝手に特別だと思っていただけなのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎる。
颯馬がそれを見透かしたみたいに笑った。
「その顔」
遥は目を閉じる。
「やめろ」
小さく呟く。
「何を?」
颯馬は笑う。
「まだ何もしてないけど」
その言葉に。
遥の背筋を冷たいものが走った。
そして。
それが本当に恐ろしかった。
まだ何も終わっていないことを。
遥だけはよく知っていたからだ。
コメント
1件
えっと……これ、10話だよね。うん、重かった。静かなのに、すごく怖い。晃司たちが何かするわけじゃないんだけど、「何もしてない」ってのが一番の暴力だって感じた。自由を奪って、反応を観察して、消耗がゴールみたいなあの空間……読んでて息が苦しくなったよ。颯馬の「犬の方がまだ楽しそう」の一言で、もう遥が“人間扱いされてない”ってはっきり分かっちゃった。でも一番辛かったのは、遥自身も「日下部といるときの自分」を特別だと思ってたのに、それを「変わってない」って否定されたとこだよ…。心の拠り所まで壊そうとしてるみたいで。