テラーノベル
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家に入った瞬間から、遥は今日は駄目な日だと分かっていた。
何かがあったわけではない。
誰かが怒鳴ったわけでもない。
ただ、リビングの空気が妙だった。
晃司はソファに座り、テレビを見ているようで見ていない。沙耶香はスマホを弄っている。怜央菜は雑誌を読んでいる。そして颯馬は床に座り込み、ゲーム機を膝に乗せていた。
全員いる。
それだけで嫌な予感がした。
「帰った」
遥が言う。
誰も返事をしない。
まるで聞こえなかったみたいに。
遥はそのまま通り過ぎようとした。
「どこ行くんだ」
晃司の声だった。
足が止まる。
「部屋」
「誰が行っていいって言った」
遥は振り返った。
こういう時の正解は分からない。
立ち止まれば文句を言われる。
動けばもっと言われる。
「座れ」
短く言われる。
遥はテーブルの前に座った。
颯馬がちらりと見る。
その視線が妙に気に障った。
「学校どうだった」
晃司が聞く。
「普通」
「へぇ」
興味のない返事。
だがそこで終わらない。
「最近、その答えばっかりだな」
「だって普通だから」
「普通ね」
晃司は鼻で笑った。
「お前の普通なんて誰も聞いてねぇんだよ」
遥は黙った。
横で沙耶香が笑う。
「また始まった」
「何が」
「その顔」
遥の眉が動く。
「自分は悪くないみたいな顔」
「してねぇよ」
「してる」
怜央菜が口を挟む。
「本人だけ気付いてないんだよね」
その言い方が妙に腹立たしかった。
けれど反論した瞬間、四人とも少し嬉しそうな顔をすることを遥は知っていた。
だから黙る。
黙ってやり過ごそうとする。
だが、それも気に入らないらしい。
「返事しろよ」
颯馬が言う。
「聞いてんだから」
「……何を」
「何をじゃねぇだろ」
颯馬が立ち上がる。
遥は無意識に肩へ力を入れた。
ゆぴ
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スミレ
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その反応を見て、颯馬が笑う。
「そういうとこなんだよ」
「……」
「何もしてねぇのに身構える」
「お前らがそうさせたんだろ」
言った瞬間だった。
部屋の空気が止まる。
しまったと思った。
けれど遅い。
晃司の視線が冷たくなる。
「今の、もう一回言え」
遥は何も言わなかった。
「聞こえなかったか?」
「……別に」
「別にじゃない」
低い声。
リビング全体が張り詰める。
沙耶香も怜央菜も黙っている。
颯馬だけが面白そうに見ていた。
遥は視線を落とした。
こういう時だ。
一番面倒なのは。
怒鳴られる時じゃない。
機嫌が悪くなる時でもない。
家族全員の意識が、自分一人に向く時だった。
逃げ場がなくなる。
何を言っても。
何も言わなくても。
そこから抜け出せなくなる。
晃司はしばらく遥を見ていたが、やがて小さく息を吐いた。
「最近、口答えが増えたな」
その一言に、遥の胃が重く沈む。
今日はまだ終わりそうになかった。
コメント
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読了しました。この「何も起きていないのに全員の空気が妙で、ひとりが標的になる」という描写、とてもリアルで胸が締め付けられました。特に「家族全員の意識が自分一人に向く時」という認識と、颯馬が立ち上がった瞬間に無意識に肩に力が入る細かい身体反応が、積み重ねてきたものを感じさせます。晃司が「口答えが増えた」で締めるのも、終わりのなさを予感させて苦しい……続きが気になります。