テラーノベル
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夜。
診療院の灯りは小さい。
外では神殿の捜索が続いている。
リュシアは机に古い写本を広げていた。
「これ、神殿の禁書庫にあったもの」
「盗んだのか」
「借りただけ」
悪びれない。
だが目は真剣だ。
「祝福の起源について書かれてる」
レオンは椅子にもたれた。
「神が与えた恩寵だろ」
「そう教えられてる」
ページをめくる。
古い文字。
かすれた図。
「でもね、ここには違うことが書いてある」
指でなぞる。
「祝福は“均衡を保つための機構”」
「機構?」
「装置。仕組み」
嫌な予感がする。
「人の数が増えすぎれば、争いが起きる」
「当たり前だ」
「だから神は、差を作った」
静かな声。
「祝福という差」
沈黙。
「強い者と弱い者。上と下」
「……選別」
「そう」
リュシアは顔を上げる。
「祝福は救いじゃない。淘汰の装置」
その言葉が、重い。
レオンの胸がざわつく。
「じゃあ俺は何だ」
「そこ」
ページの端。
かすれた追記。
『均衡が崩れし時、回収機構は作動する』
「回収……」
「過剰な祝福を削る存在」
視線が、まっすぐ向く。
「それがあなた」
否定できない。
奪う力。
触れれば減る。
強い祝福ほど、反応が強い。
「でも俺は無祝福だ」
「違う」
リュシアは立ち上がる。
近づく。
「あなたは“空白”じゃない」
胸に指を当てる。
触れても、何も起きない。
「器がないんじゃない」
静かに。
「あなた自身が器」
理解が追いつかない。
「祝福を持たないんじゃない。固定されていないの」
固定。
「普通は、生まれたときに一つ刻まれる」
「……俺には刻まれなかった」
「刻めなかったのよ」
息が止まる。
「回収機構は、特定の祝福を持てない」
「なぜ」
「偏るから」
冷たい理屈。
「特定の属性を持ったら、削る側が偏る」
だから。
空。
何も持たない。
何でも奪える。
「神は最初から、そう作った」
レオンは立ち上がる。
「ふざけるな」
声が低い。
「俺の人生は、調整のためか」
「……そういうことになる」
拳が震える。
家族の失望。
学院の追放。
祝福泥棒。
全部。
最初から。
装置として?
「俺は人間だ」
怒りが滲む。
「装置じゃない」
リュシアは静かに答える。
「だから苦しいのよ」
その一言が刺さる。
「本当に装置なら、迷わない」
奪うかどうかで悩まない。
罪悪感もない。
選択もない。
「あなたは選んでる」
静かに。
「それは、人間」
沈黙。
外で鐘が鳴る。
神殿の巡回。
「もしこれが本当なら」
レオンは言う。
「俺は奪うたび、神の意志に従ってるだけか」
「たぶん」
「じゃあ奪わなければ?」
「均衡は崩れる」
冷たい現実。
「強い祝福は肥大化する」
「例えば」
「《剣聖候補》」
兄の名を出さずに言う。
胸が痛む。
「強すぎる祝福は、やがて支配になる」
王を超える力。
神殿を超える象徴。
「だから削る」
「俺が」
「あなたが」
沈黙。
理解が形になる。
自分は例外ではない。
必要悪。
世界の安全装置。
「……選べるのか」
かすれた声。
「何を」
「装置でいるか、人間でいるか」
リュシアは少し考える。
「選べるわ」
即答ではない。
「でも、どっちも楽じゃない」
それは分かる。
奪えば、守れるかもしれない。
奪わなければ、世界は歪むかもしれない。
「ねえ」
リュシアが言う。
「もしあなたが全部奪ったら、どうなると思う?」
想像する。
祝福のない世界。
差のない世界。
光のない世界。
それは平等か。
それとも。
停滞か。
レオンは初めて気づく。
自分の力は、破壊だけじゃない。
世界を作り替える力だ。
外で足音が止まる。
神殿騎士の声。
「この辺りだ」
包囲。
リュシアが小さく笑う。
「選択の時間、みたい」
レオンは拳を握る。
奪えば突破できる。
奪わなければ捕まる。
装置でいるか。
人間でいるか。
答えはまだ、出ない。
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