テラーノベル
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婚約の発表から三日。
王宮北翼の回廊は、夜しか光が差さない造りになっている。天井近くの細長い窓から、蒼い月光が床に落ちていた。
エリュネ・ノクシアは静かに歩く。
壁には歴代王妃の肖像画。
どの胸元にも、淡く発光する金が描かれている。
愛を抱き、星を生んだ証。
彼女の胸元は、今も何も灯らない。
「エリュネ嬢」
振り向くと、王太子がいた。
夜の彼は、昼よりも輪郭が鋭い。
それでも周囲には純度の高い金色が静かに揺れている。
「お呼びと伺いました」
「形式は要らない。ここには私と君しかいない」
彼は窓辺へ歩き、夜空を見上げた。
王都の上空には、自然の星と王妃が生んだ星が混在している。
色を帯びた星は、わずかに金を含む。
「あれが曾祖母の星だ」
一点を指す。
「三つ生んだ。国は繁栄した。だが晩年、彼女は愛に傾きすぎた」
金色が、ほんのわずかに濁る。
「愛は国を強くもするが、偏らせもする」
エリュネは黙って聞く。
「君を選んだ理由を知りたいか」
「はい」
「君は発色しない」
「承知しております」
「誰にも染まらないということだ」
断言だった。
「愛さない者は、依存しない。依存しなければ、判断は鈍らない」
夜風が回廊を抜ける。
「王妃は星を生む器だと言われている。だが私は、王に必要なのは器ではないと思っている」
「では、何でしょう」
「選び続ける意志だ」
彼の金色は強い。
だが激情ではない。統制された光。
「君は私を愛さないだろう」
「その可能性が高いかと」
「それでいい」
エリュネはわずかに目を上げる。
「私は、愛を強要しない」
静かな宣言だった。
「隣に立つ者として選んだ。感情ではなく、判断で」
合理的。
理にかなっている。
それなのに、胸の奥に説明のつかない違和が生じる。
名称がない。
色もない。
「承知いたしました」
それが最も適切な返答だった。
王太子は少しだけ笑う。
金色が柔らかく揺れる。
「この国の制度は変える」
「星の仕組みを、ですか」
「少なくとも、愛だけが条件だとは思わない」
沈黙が落ちる。
触れれば届く距離。
だが互いに触れない。
感情のない婚約。
それは安定しているはずだった。
そのとき。
王宮の最上空、誰も観測しない高さで、微細な光が瞬いた。
色は、ない。
だが確かに、存在している。
二人はまだ知らない。
愛を持たないはずの婚約が、
定義されていない何かを動かし始めていることを。
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