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昼休みが終わる少し前。
教室の空気は、いつもと同じだった。
騒がしくて、軽くて、誰も何も気にしていないような顔。
遥だけが、その中で浮いている。
席に戻ると、机の上にチョークの粉が散っていた。
誰かがわざわざ削ったらしい。
手で払う。
白い粉が指につく。
後ろから声。
「お、帰ってきた」
笑い声。
「屋上どうだった?」
「飛んだ?」
「残念だな」
机を軽く蹴られる。
ぐらりと揺れる。
遥は振り返らない。
ノートを開く。
ペンを持つ。
手は普通に動く。
「なあ」
肩をつつかれる。
無視。
今度はもう少し強く叩かれる。
「聞いてんだけど」
遥はゆっくり振り向く。
「何」
声は平坦。
それが気に入らないらしい。
「態度」
机の横を蹴られる。
金属音が響く。
数人が笑う。
「死ぬならちゃんと死ねよ」
「中途半端すぎ」
「構ってちゃんかよ」
遥は、少しだけ首を傾ける。
「誰に聞いた」
「は?」
「屋上の話」
教室の後ろで誰かが言う。
「見たやついるって」
「噂」
「有名だぞ」
嘘だ。
屋上には人はいなかった。
でも、噂は広がる。
事実より速く。
「で?」
誰かが机に腰をかける。
「次いつやるの?」
「実況してやるよ」
「動画撮るわ」
笑い。
遥は目を逸らす。
怒りはない。
悲しみもない。
ただ、 想定内。
机の中に手を入れる。
ノートを取り出す。
背中に何かが当たる。
消しゴム。
次はチョーク。
次は丸めた紙。
「反応しろよ」
「つまんね」
遥は振り向かない。
ペンを動かす。
文字を書く。
意味のない文字。
黒板のチョークが飛んできて、肩に当たる。
粉が舞う。
「なあ」
今度は耳元。
「死ぬの怖かった?」
小さく笑う声。
「止められた?」
遥のペンが止まる。
ほんの一瞬だけ。
でも、それを見逃さない。
「やっぱり」
「ダサ」
「誰に止められたんだよ」
教室の端で椅子が動く音。
日下部が立ち上がった。
それを見た何人かが、少しだけ視線を向ける。
でも、何も言わない。
日下部は一歩だけ近づく。
遥の机の横にいる男子を見る。
「どけ」
短い声。
教室の空気が、少しだけ変わる。
男子は肩をすくめる。
「怖」
「出た」
「保護者」
笑い声。
でも、机から降りる。
日下部は遥を見ない。
ただ、その場に立つ。
それだけで、 次のチョークは飛んでこない。
沈黙。
遥はノートを閉じる。
顔は上げない。
助けられた、とは思わない。
守られた、とも思わない。
ただ一つだけ分かる。
――まただ。
前にも、同じことがあった。
日下部が割って入って、
空気が変わって、
そのあと、もっと面倒なことになった。
遥はゆっくり立ち上がる。
椅子が小さく鳴る。
「どこ行く」
誰かが聞く。
遥は答えない。
教室の外に出る。
背中に視線が刺さる。
廊下に出た瞬間、
教室のざわめきが少し遠くなる。
でも、消えない。
遥は歩く。
止まらない。
階段の踊り場まで来て、ようやく息を吐く。
胸の奥が重い。
苦しいわけじゃない。
慣れている。
ただ一つだけ、面倒なのは――
日下部がまた関わったこと。
それが、これからどうなるか。
遥はもう知っている。
前にも、同じことがあったから。