テラーノベル
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ruruha
“誰がやるか”じゃない。
“いつやるか”でもない。
“どう回すか”だけが共有されている。
朝。
教室に入った瞬間、遥は分かる。
今日は、軽い日か、重い日か。
空気で分かる。
視線の数。
笑いの温度。
机の位置。
今日は――
(中)
重くはない。
でも、逃げられるほど軽くもない。
席に向かう。
椅子がない。
なくても驚かない。
遥はそのまま立つ。
誰も説明しない。
説明する必要がないから。
「今日どこだっけ」
後ろで声。
「3限あとじゃね」
「いや、もう始めてよくね?」
笑い。
担任はいない。
まだ来ていない。
誰かが黒板にチョークで書く。
──「1」
数字。
大きく。
その下に、線。
「はい、今日の」
誰かが手を叩く。
パン、と乾いた音。
「順番な」
順番。
それだけで通じる。
遥は視線を落とす。
床の一点。
見ない。
見れば、
“参加している”側に入る。
「じゃあ俺から」
最初の一人が立つ。
軽い足取り。
ゲームの最初みたいに。
遥の前に立つ。
「テーマどうする?」
「昨日と同じでいいんじゃね」
「リアクション薄いし」
「更新しようぜ」
笑い。
「じゃあ、“声出すまで”で」
決まる。
誰も反対しない。
ルールはいつも曖昧で、
でも必ず共有される。
男が遥の肩を押す。
「座れよ」
椅子はない。
だから、床に落ちる。
わざとじゃない。
でも、わざとじゃない形で落とされる。
それが“自然”。
遥は手をつく。
膝が床に当たる。
冷たい。
「スタートな」
最初は軽い。
足先で、腹を小突く。
コツ、コツ、と。
様子見。
遥は動かない。
「反応なし」
「つまんな」
少し強くなる。
蹴る。
音が変わる。
鈍い音。
教室の何人かが、スマホを出す。
撮るためじゃない。
“いつでも撮れる状態”にするため。
それだけで、場が締まる。
「声出せよ」
「無理じゃね」
「じゃあ更新な」
二人目が来る。
役割は交代制。
誰か一人に偏らない。
それがこの教室の“平等”。
二人目は、しゃがむ。
遥の髪を掴む。
強くない。
でも逃げられない程度。
「なあ」
耳元。
「なんか言えよ」
沈黙。
遥は何も言わない。
言えない、じゃない。
言わない。
言った瞬間、
この“進行”に乗ることになるから。
三人目。
「遅い」
いらついた声。
背中を蹴る。
今度は強い。
身体が前に崩れる。
床に手をつく。
呼吸が少し乱れる。
「お、今の効いた?」
「でも声出てない」
「じゃあ続行」
黒板の「1」の下に、線が一本引かれる。
進行の可視化。
ゲーム化。
終わりがあるように見せるための仕掛け。
実際には、終わりはない。
「次」
四人目。
今度は無言。
蹴る。
間を置かない。
連続。
腹、背中、肩。
リズム。
まるで作業。
遥の視界が揺れる。
でも、声は出さない。
(出したら)
分かっている。
“次”が変わる。
内容が変わる。
質が変わる。
だから、出さない。
「こいつさ」
誰かが笑う。
「壊れてね?」
「もう壊れてるだろ」
「じゃあ意味なくね」
その一言で、空気が少しだけ変わる。
“やる意味”。
それが揺らぐと、
やり方が変わる。
「じゃあさ」
黒板の前のやつが振り向く。
「声じゃなくて、“顔”でいく?」
笑い。
「いいじゃん」
「泣かせるやつ」
ルール変更。
誰も止めない。
遥の指が床を掴む。
(それは)
まずい。
声より、そっちの方がまずい。
「スタート継続な」
また一人、前に出る。
今度は殴らない。
頬に手を当てる。
軽く叩く。
パチン、と乾いた音。
「ほら」
もう一度。
少し強く。
「ほら」
遥の視界がぶれる。
でも、涙は出ない。
出ないようにしている。
それが分かると、
次が来る。
「目、開けろよ」
無理やり顔を上げられる。
視線が合う。
その瞬間。
教室の後ろで椅子が動く音。
止まる。
一瞬だけ。
日下部。
立っている。
何も言わない。
でも、見ている。
それだけで、
空気にノイズが入る。
「……なに」
誰かが小さく言う。
「別に」
別のやつが返す。
でも、完全には無視できない。
日下部は前に来ない。
止めない。
ただ、見ている。
遥はその視線を感じる。
見ない。
見たら終わる。
(来るな)
心の中で言う。
(来るな)
足音はない。
日下部は動かない。
それが逆に、場を不安定にする。
「続けろよ」
誰かが言う。
少し苛立ち混じり。
進行が止まるのが嫌だから。
「ほら」
また頬を叩く。
今度は強い。
音が変わる。
遥の頭が揺れる。
その瞬間。
ほんのわずか。
視界の端に、日下部の靴が動く。
一歩。
前に出た。
それだけ。
それだけなのに。
教室の空気が、はっきり変わる。
「……チッ」
舌打ち。
誰かが手を離す。
「今日いいわ」
唐突に。
「冷めた」
黒板の前のやつがチョークを置く。
「解散」
早い。
でも、こういう終わり方は珍しくない。
理由はない。
空気だけ。
全員がそれに従う。
スマホがしまわれる。
席に戻る。
椅子が戻される。
何事もなかったみたいに。
遥だけが、床に残る。
数秒。
誰も見ない。
見ないふり。
それもルールの一部。
やがて、日下部が近づく。
しゃがむ。
何も言わない。
遥も何も言わない。
沈黙。
日下部が小さく言う。
「立てるか」
遥は少し遅れて頷く。
自分で立つ。
手は借りない。
借りたら、
また何かが変わるから。
日下部は手を引っ込める。
それを分かっている動き。
遥は席に戻る。
椅子に座る。
ノートを開く。
ペンを持つ。
手が少し震える。
でも書く。
文字になる。
意味はない。
横で日下部が立ったまま言う。
「……あれ、毎日か」
質問じゃない。
確認。
遥は答えない。
数秒。
「そうだよ」
短く。
事実だけ。
日下部の呼吸が、わずかに止まる。
でも、それ以上は何も言わない。
言えない。
遥は知っている。
ここで何か言われると、
全部崩れる。
だから、それでいい。
沈黙。
授業が始まるチャイムが鳴る。
先生が入ってくる。
教室は“普通”になる。
黒板の「1」は、消されないまま残っている。
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