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放課後。
教室は半分くらい空いていた。
部活に行くやつ、帰るやつ、残るやつ。
全部が混ざって、境界が曖昧な時間。
遥は動かない。
席に座ったまま、ノートを開いている。
文字は書いていない。
ただ、開いているだけ。
(帰るタイミング)
それを測っている。
早すぎると目立つ。
遅すぎると残る理由を作られる。
だから、
“誰かが残る空気”のときは動かない。
後ろで笑い声。
嫌な種類の、軽いやつ。
「なあ」
呼ばれる。
振り向かない。
「無視すんなって」
椅子が引かれる音。
近づいてくる。
「今日さ」
机に手をつかれる。
逃げ場を塞ぐ形。
「延長な」
その一言で分かる。
昼の続き。
終わっていない。
「放課後はボーナスステージだろ」
笑い。
何人かが戻ってくる。
帰りかけてたやつも、
“面白そう”で戻る。
それもいつもの流れ。
(逃げ場、ない)
立つ。
でも遅い。
肩を押される。
座らされる。
「どこ行く気だよ」
「帰るとか許されると思ってんの」
言葉は軽い。
でも、選択肢はない。
日下部はまだ教室にいた。
窓際。
動かない。
でも、見ている。
昼と同じ。
それが一番まずい。
(来るな)
遥の中で、はっきり思う。
来るな。
ここで来たら、
全部また壊れる。
前みたいに。
「なあ」
腕を掴まれる。
強く。
「今日はさ」
耳元。
「声、出させようぜ」
昼の続き。
ルールの継続。
でも場所が違う。
教師もいない。
制限もない。
「スタート」
いきなり腹に入る。
昼より重い。
息が詰まる。
声が漏れそうになる。
(出すな)
喉を締める。
呼吸を殺す。
二発目。
背中。
三発目。
肩。
リズムが早い。
遊びじゃない。
処理。
「おい」
誰かが笑う。
「昼よりいいじゃん」
「場所変わるとノリ違うな」
遥の視界が歪む。
でも、声は出ない。
出さない。
「頑固だな」
髪を掴まれる。
顔を上げられる。
「なあ」
目を覗き込まれる。
「なんで出さねぇの」
答えない。
その沈黙が、
余計に火をつける。
「舐めてんの?」
頬を殴る。
音が教室に響く。
昼より大きい。
誰も止めない。
むしろ、少しだけ距離を詰める。
“見やすくするために”。
「出せよ」
もう一度。
今度は拳。
鈍い音。
遥の身体が椅子ごと揺れる。
(やばい)
喉が緩む。
空気が漏れる。
「……っ、」
小さな音。
ほとんど息。
でも、
「今の聞いた?」
拾われる。
終わり。
「出たじゃん」
「もうちょいだな」
空気が変わる。
一段階、上に行く。
(失敗した)
遥の指が机を掴む。
強く。
逃げ場はない。
そのとき。
椅子が大きく鳴る音。
今度は、はっきり。
日下部だった。
立っている。
今度は、止まらない。
一歩。
また一歩。
まっすぐ来る。
「やめろ」
低い声。
教室の空気が凍る。
でも、
「は?」
すぐに反発が返る。
「なんでお前が」
「関係ねぇだろ」
正しい。
本当に関係ない。
だから、一番厄介。
日下部は止まらない。
遥と、殴っていたやつの間に入る。
「どけ」
短い。
前と同じ言葉。
でも今回は違う。
昼と違って、
“続いている最中”に割り込んでいる。
ルールを壊している。
「調子乗んなよ」
手が日下部の胸を押す。
日下部は動かない。
押し返さない。
ただ立つ。
それが、逆に苛立たせる。
「ヒーロー気取り?」
笑いが混ざる。
でも、空気は笑っていない。
尖っている。
「一回やってんだろ、お前」
その一言。
日下部の目が、わずかに揺れる。
過去。
前に庇って、
壊したとき。
それを知ってるやつがいる。
「またやんの?」
「学習しねぇな」
遥の心臓が強く鳴る。
(やめろ)
言えない。
でも思う。
やめろ。
それ以上やるな。
日下部は、動かない。
でも、引かない。
それだけで十分だった。
「……チッ」
舌打ち。
「いいわ」
一人が手を引く。
でも、それは“終わり”じゃない。
「代わりにさ」
別のやつが笑う。
「こいつにやらせればよくね?」
空気が、歪む。
「は?」
「日下部が」
笑い。
悪い方向の。
「やれよ」
「守りたいんだろ?」
「じゃあ代わりにやれよ」
沈黙。
日下部は答えない。
でも、その沈黙が、
肯定でも否定でもない“間”が、
一番まずい。
遥は顔を上げる。
一瞬だけ。
日下部を見る。
目が合う。
ほんの一瞬。
それだけで、分かる。
(こいつ、迷ってる)
それが一番ダメだ。
「……やれよ」
声が重なる。
「一発でいいから」
「それでチャラ」
ルールが作られる。
新しい。
歪んだ救済。
日下部は動かない。
拳も上げない。
でも、退かない。
その時間が、長くなるほど、
周りの温度が上がる。
「やれって言ってんだろ」
声が低くなる。
圧がかかる。
遥の喉が震える。
(やめろ)
でも、今度は違う。
やめろ、じゃない。
やるな。
日下部が、ほんのわずかに手を動かす。
その瞬間。
遥が口を開く。
「……いらねぇよ」
かすれた声。
でも、はっきり。
全員が止まる。
遥は続ける。
「お前のそれ」
呼吸が乱れる。
でも止めない。
「前もやって、めんどくさくなっただけだろ」
教室が静まる。
日下部の顔が固まる。
「今回も同じだ」
遥の視線が逸れる。
「いらねぇ」
沈黙。
数秒。
誰かが笑う。
「はは、フラれてんじゃん」
空気が崩れる。
張り詰めていたものが、抜ける。
「じゃあいいわ」
「解散」
雑に終わる。
でも、
何かは確実に残った。
全員が散っていく。
今度は、本当に終わり。
教室に、二人だけ残る。
沈黙。
日下部が口を開く。
「……なんで」
遥は答えない。
鞄を掴む。
立ち上がる。
「余計なことすんな」
それだけ言う。
振り向かない。
教室を出る。
足が少しだけ速い。
廊下に出て、やっと息を吐く。
胸が痛い。
さっきの言葉。
自分で言ったくせに、
中で何かが軋む。
(違う)
違わない。
でも、
全部違う。
(……関わるな)
誰に向けたのか分からないまま、
遥は階段を降りる。