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それは、誰の色でもなかった。
王都の上空。
夜の帳が降りきる前、北東の空にそれは現れた。
淡い光。
だが、金でも、紅でも、蒼でもない。
「……記録水晶、反応なし」
観測塔の学官が震える声で告げる。
「波形、検出不能」
天文盤は沈黙している。
にもかかわらず、空には確かに光がある。
王宮内に緊張が走る。
異常は三度目。
今夜はこれまでより明瞭だった。
王太子は無言で空を見上げている。
その隣に、エリュネ・ノクシア。
彼女の胸元は無色のまま。
「色を持たない光が、存在するはずがありません」
年長の学官が言う。
「星は感情の発露。発色しない感情は、定義上存在しない」
「だが、あれは」
王太子が遮る。
「あれは、そこにある」
空の一点。
透明な明滅。
周囲の貴族たちがざわめき始める。
「不吉では」
「国力に影響は」
「原因は誰だ」
視線が、ゆっくりと向く。
無色の婚約者へ。
エリュネはそれを受け止める。
何も感じない。
ただ、視線の動きを理解する。
「関連性は証明されておりません」
彼女は静かに言う。
「ですが、否定もできない」
誰かが小さく舌打ちする。
「無色は前例がない」
「前例のない現象と同時期に現れた」
「偶然とするには出来過ぎている」
空の光が、ひときわ強く瞬く。
だが色はない。
王太子の金色が揺れる。
怒りか、焦りか。
「憶測で断じるな」
低い声。
「現象は研究対象だ。原因を決めつける段階ではない」
だが、ざわめきは止まらない。
「殿下、民は説明を求めます」
側近が進言する。
「説明とは」
「安心です」
安心。
つまり、犯人。
エリュネは空を見る。
透明な光は、孤独に瞬いている。
誰にも測られない。
誰にも分類されない。
「殿下」
彼女は小さく呼ぶ。
「私は隔離されても構いません」
周囲が静まる。
「因果の切り分けは必要です」
合理的判断。
王太子が彼女を見る。
「本気で言っているのか」
「はい。私が原因でなければ証明になります。原因であれば、対処が可能です」
彼の金色が、はっきりと乱れた。
「君は、道具ではない」
「王家の婚約者です」
「違う」
思わず出た声。
塔内の空気が凍る。
彼は一瞬、視線を伏せる。
そして整えた声音で言う。
「……現段階で隔離は不要だ」
公的な口調。
「ただし、今後の調査には協力してもらう」
「承知しました」
距離が戻る。
王太子と王妃候補。
個人的感情は、そこにない。
だが、彼の胸元の金色は荒れている。
空の透明な星が、それに応じるように脈打つ。
エリュネは気づく。
自分ではなく、彼の揺れに反応している。
「殿下」
小さく。
「何だ」
「私は、ここにいます」
彼は一瞬だけ息を止める。
だがすぐに背を向ける。
「観測を続けろ」
命令が飛ぶ。
塔内は慌ただしく動き出す。
透明な星は、ゆっくりと明滅を弱めていく。
完全には消えない。
だが、記録もされない。
王宮の廊下を歩きながら、彼は低く言う。
「……私が動揺すると、強まる」
「その可能性は高いです」
「ならば、私は揺れるわけにはいかない」
王の顔。
無機質な理性。
だが彼の指先は、わずかに震えていた。
「殿下」
「何だ」
「揺れないことが正解とは限りません」
足が止まる。
彼は振り返らない。
「君は、残酷だ」
「事実です」
「そういうところが」
言いかけて、飲み込む。
「……何でもない」
彼は去っていく。
距離。
公的な距離。
空では、透明な星がかすかに光り続けている。
観測不能。
定義不能。
だが確実に。
王宮はざわめき始めていた。