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昼休み後。
教室の空気が、いつもよりざらついていた。
男子たちの視線が、明らかに“変質”している。
ただの小馬鹿や嘲笑ではない。
“ネタを知っている側”の目だ。
美桜たち女子が作った噂は、保健室前の廊下で撮られた写真と一緒に拡散されていた。
写真の内容は単純――
美桜が遥の手首を掴んで引き寄せる、あの瞬間。
しかし添えられた文は、遥の首を確実に絞める。
《美桜が呼んだら即反応w》
《断れないんだって》
《倉庫の続き?》
《女子にされると固まるらしいw》
“倉庫の続き”――この一文が決定的だった。
倉庫の噂は元々“陰キャが勝手に妄想してる”と笑われる程度だった。
しかし美桜が、女子人気の中心にいる美桜が、
“つながるように見える写真”を投げた瞬間、物語はクラス全体の正史になった。
「おい遥、“昨日の続き”どうした?」
男子の一人が、机をどんと蹴った。
「美桜ちゃんに呼ばれたら、また行くの?
……素直だよなぁ、お前って」
遥は目を伏せる。
否定したら“必死”と笑われるのがわかっている。
黙れば“図星”だと思われるのもわかっている。
男子たちの笑い声は軽く、だが鋭かった。
「女子に抱きつかれて固まったって本当?」
「え、お前、どっちでもアリなんだ?」
「美桜、選び方うまいよな〜。
“ちょっと押せば反応する男”って扱いやすいし」
“男”ではなく、“おもちゃ”。
教室の端では、美桜がわざとらしく目を細めながらこちらを見ていた。
仕掛けが完璧に効いていることを確認するような視線。
そして、男子の嘲笑はさらに形を変える。
保健室の前で写真を撮られた“あの距離”が、
男子たちの頭の中では“もっと近い距離”に塗り替えられる。
「美桜さ、言ってたぞ。
“遥って、近づくと顔すぐ赤くなるの可愛いよね”って」
そんなこと言っていない。
言うはずがない。
ただ、男子たちがその“設定”を欲しているだけ。
「じゃあさ、顔赤くなんの披露してよ」
「ほら、女子に触られたらやるんだろ?」
男子の指が遥の頬に触れかけ、遥は咄嗟に顔を避ける。
その瞬間さえ嘲笑の材料になる。
「ほら、逃げたw」
「意識しすぎじゃん?」
「やっぱ倉庫でなにかされた?」
美桜の仕掛けた一枚の写真と一言の噂が、
男子の性的な好奇心と悪ノリと嘲笑を、
すべて一方向に向け始めた。
“遥を笑う方向”に。
男子の間で、遥はもう
「女子にいいように遊ばれて、それを男子に笑われる立場」
に固定された。
どれが事実でどれが噂かは誰も気にしない。
“面白い話が正しい”のが、この教室のルールだ。
後ろの席の男子が、小声で言った。
「美桜ってマジすげぇよな。
あの一瞬で、クラスの空気全部変えたぞ」
美桜のほうを見ると、
彼女はまるで“自分の作った舞台が完成した”とでも言うように
ゆっくりと微笑んだ。
遥の胃の奥が冷たくなる。
美桜が望んでいるのは、
男子が遥を笑う世界ではなく――
男子が遥を笑う“原因が全部自分”になる世界。
そしてそれは、見事に叶えられていた。