テラーノベル
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夕方。
家の前で、遥は一度だけ足を止める。
止めても意味はない。
でも、身体が勝手に止まる。
鍵を出す。
入る。
音を立てないように閉める。
癖だ。
廊下の奥から声がする。
テレビの音。
笑い声。
誰かの足音。
「遅」
最初の言葉がそれ。
靴を脱ぐ途中で言われる。
まだ上がっていない。
「学校終わるの何時だっけ」
答えない。
答えても、正解にならないから。
「無視?」
肩に何かが当たる。
リモコン。
軽く投げた程度。
でも、当てる気はあった。
「聞こえてるよな」
遥は靴を揃える。
揃えてから上がる。
「ごめん」
言う。
言うしかない。
「何が」
間髪入れず返る。
言葉が詰まる。
「……遅くて」
「遅くて、何」
声が近づく。
距離が詰まる。
答えないと続く。
でも、答えても続く。
「ごめんなさい」
もう一度。
ため息。
わざとらしい。
「役に立たないのに帰りも遅いとか、意味ある?」
笑いが混ざる。
他の兄弟もいる。
見ている。
テレビはついたまま。
音量は下げない。
「今日、何した」
「……授業」
「は?」
「それだけ?」
肩を押される。
壁に当たる。
強くはない。
でも、逃げ場はない。
「学校で何してんの」
「……」
「黙ってんじゃねえよ」
頬に衝撃。
平手。
強くない。
でも、確認みたいなもの。
「返事」
「授業、受けてた」
「誰と」
質問じゃない。
尋問でもない。
ただ続けたいだけ。
遥は視線を下げる。
「……」
沈黙。
「いらねえな」
誰かが言う。
ソファから。
「ほんと」
「空気悪くなる」
笑い。
遥は立ったまま。
動かない。
「風呂掃除」
命令。
即座。
「今」
「……はい」
動く。
通り過ぎるとき、
足を出される。
わざと。
引っかかる。
よろける。
転ばない。
「ちゃんと歩けよ」
笑い。
風呂場。
ドアを閉める。
鍵はかけない 。
水を出す。
音が広がる。
鏡に自分が映る。
少しだけ頬が赤い。
すぐ消える程度。
ブラシを持つ。
こする。
何も考えないようにする。
考えると遅くなる。
外から声がする。
「今日さ」
「学校であいつ」
笑い声。
聞こえている。
聞こえないふりをする。
水の音を強くする。
「ちゃんとやれよ」
ドア越しに声。
「はい」
即答。
遅れると開けられる。
数分後、ドアが開く。
ノックはない。
覗かれる。
「遅」
「……ごめんなさい」
「手ぇ抜くなよ」
洗剤が追加で投げられる。
足元に当たる。
転がる。
拾う。
続ける。
背中越しに視線。
数秒。
それから離れる。
ドアが閉まる。
完全には閉まらない。
少し開いたまま。
監視じゃない。
でも、監視と同じ。
遥はブラシを動かす。
一定の速さで。
止めない。
学校と同じ。
やることをやる。
反応しない。
止まらない。
どちらにも逃げ場がない。
夜。
部屋に戻る。
自分の部屋じゃない。
物置に近い。
布団。
机。
それだけ。
座る。
手が少しだけ震えている。
止める。
止めないと、ばれる気がする。
スマホはない。
連絡手段はない。
でも、
学校の廊下。
昼休みの端。
日下部の距離。
頭に浮かぶ。
浮かぶだけ。
期待にはしない。
期待は危険だから。
布団に横になる。
目を閉じる。
眠れなくても、
横になる。
明日も同じだから。
学校。
家。
どちらも同じ。
ただ、
時間帯が違うだけ。
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