眩しい光が、暗闇を裂いた。
どこまでも静かな場所で、アレクシスはゆっくりと息を吸い込む。
重いまぶたを開くと、そこは見知らぬ世界だった。
青く透き通る空。見慣れぬ建物。遠くから響く機械の音。
――ここは、あの国ではない。
彼は確かに、あの日“約束の庭”で終わりを迎えたはずだった。
剣と炎。崩れ落ちる白い花。
最期に見たのは、腕の中で静かに微笑みを浮かべた青年の顔――「また会おう」と言いながら、手を伸ばしたあの光景。
それなのに、今、なぜ自分はここにいるのか。
周囲を見渡す。
近代的なビル、走る車、見慣れぬ服を着た人々。
世界は、時間そのものが変わっていた。
冷たい風が頬を撫で、彼はようやく自分の身体の重さを感じる。
夢ではない。
これは――転生なのだ、と理解した。
アレクシスはふらつきながら歩き出した。
足元はまだ不安定で、視界が霞む。
信号が変わる音、人のざわめき、遠くのサイレン。
それらすべてが彼の知らぬ世界のリズムだった。
そして、不意に――。
タイヤの軋む音。
視界の端から、赤い車が突っ込んでくる。
避ける間もなく、アレクシスの身体は地面に弾き飛ばされた。
時間が止まったように感じた。
耳鳴りの向こうで、誰かの声がする。
「……大丈夫ですか!? 聞こえますか!」
その声を聞いた瞬間、アレクシスの胸の奥で、何かが弾けた。
――知っている。この声を。
世界が揺れる。
朦朧とした視界の中で、彼は見上げた。
そこにいたのは、一人の青年。
白い息を吐き、必死に救急車を呼ぶ姿。
短く整えられた黒髪、透けるような肌。
その瞳の奥に宿る、懐かしい光。
アレクシスの唇が、震えた。
「……ましろ」
声にならないほど小さく、それでも確かにその名を呼んだ。
誰も知らない名を。
彼の魂だけが覚えている名を。
青年――真白は気づかない。
ただ「しっかりしてください!」と声をかけ、彼の手を強く握った。
その掌の温度に、アレクシスの記憶が洪水のように溢れ出す。
白い花の庭。
崩れ落ちる塔。
血に染まった空。
そして、約束の言葉。
“もし魂が再びこの世界を渡るなら、もう一度、君を見つける”
アレクシスの目から涙がこぼれた。
それは痛みではなく、確信だった。
彼は――ようやく見つけたのだ。
救急車のサイレンが近づく。
真白は医療スタッフに彼を引き渡しながら、どこかで見覚えのあるような不思議な感覚に包まれていた。
あの金色の髪、深い青の瞳。
絵の中で何度も描いた“誰か”と、あまりに似ている。
だが、そんなはずはない。
現実にそんな人はいない。
自分が作り出した幻想のはずだ。
――そう、思いたかった。
病院の前。
搬送されていくストレッチャーの上で、アレクシスは最後に小さく微笑んだ。
“君に会えた”と、その瞳が告げていた。
夜が訪れ、雨が降り始める。
真白はその夜、眠れなかった。
胸の奥で何かが呼吸している。
名前のない感情。
夢と現実の狭間で、何かが確かに動き出していた。
――それが再会のはじまりだと、まだ彼は知らない。