テラーノベル
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午後の授業前。
教室の空気が少しだけ重い。
特別な理由はない。
でも、誰かが退屈しているときの静けさだ。
遥は席にいる。
ノートを開いている。
文字は書いている。
内容は頭に入っていない。
前の席の椅子が、わざと少しだけ下げられる。
机が当たる。
足に。
遥は動かない。
「悪い」
悪いと思っていない声。
そのまま。
教室の後ろ。
蓮司がいる。
椅子を逆向きにして座っている。
机に肘。
周囲の数人が、自然に集まっている。
中心、というほど露骨じゃない。
でも、中心だ。
「なあ」
誰かが言う。
「今日さ」
言葉が続かない。
視線が、遥に向く。
でも、直接は言わない。
蓮司が視線だけ動かす。
ほんの少し。
それだけで、数人が笑う。
「最近、静かじゃね」
別の声。
「前からか」
小さな笑い。
遥は反応しない。
ノートに線を引く。
同じ行をなぞる。
「生きてる?」
軽い声。
教室の空気が、ほんの少しだけ固まる。
蓮司は笑わない。
止めもしない。
ただ、見ている。
その“見ている”が、許可になる。
一人が消しゴムを投げる。
軽く。
机に当たる。
床に落ちる。
遥は拾わない。
「拾えよ」
言い方は軽い。
でも、命令だ。
遥は数秒待つ。
それから拾う。
机に置く。
「ありがと」
笑い。
「素直じゃん」
後ろから椅子が蹴られる。
小さく。
でも、確実に揺れる。
遥は手を止めない。
止めないのが、正解だから。
蓮司がそこで初めて口を開く。
「やめとけ」
小さな声。
強くない。
叱ってもいない。
でも、全員が止まる。
一瞬。
「授業始まる」
それだけ。
教師が入ってくる気配。
廊下の足音。
数人が席に戻る。
「今日、静かだったな」
誰かが言う。
冗談みたいに。
蓮司は何も言わない。
椅子を戻す。
前を向く。
教師が入る。
「席つけー」
日常が戻る。
遥はノートを見ている。
さっきと同じ行。
同じ文字。
手が少しだけ震えている。
でも、止まらない。
日下部は斜め後ろから見ている。
全部見ていた。
止められた瞬間も。
止めなかった時間も。
蓮司は殴らない。
命令もしない。
でも、空気を動かす。
始めることも、
止めることもできる位置。
さっきの「やめとけ」は、
守ったわけじゃない。
長引かせなかっただけ。
日下部はそれが分かる。
分かっている。
チャイムが鳴る。
教師が話し始める。
誰もさっきのことを話さない。
なかったことになる。
遥は前を向いたまま。
呼吸を整えたまま。
授業を受けているふりをする。
蓮司は板書を写している。
普通の顔で。
教室は静かだ。
静かなまま、
さっきまでの流れが残っている。
操作された空気だけが、
何もなかったように沈んでいる。
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