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放課後。
机の影が長く伸びて、教室の端にたまっている。
「……あのさ」
声は、小さかった。
相談というより、確認に近い響き。
「優しくしたことって、
なんで、こっちだけ覚えてるんですかね」
日下部はペンを置いた。
視線は向けない。
「忘れられてる?」
「うん。
……ていうか、なかったことになってる」
窓の外で、部活の掛け声がひとつだけ響く。
すぐ途切れる。
「助けたとか、
話聞いたとか、
付き合ったとか。
あれ、全部、俺の中にしかない感じで」
少し笑う。
「向こう、普通にしてるんすよ。
何もなかったみたいに」
日下部は、頷かない。
「あるよ」
短く言う。
「え」
「覚えてる側だけに残るやつ」
沈黙。
「……意味、なくないですか」
「あると思うか?」
日下部は聞き返す。
生徒は、少し考える。
「……ない、かも」
「じゃあ、ない」
即答。
生徒が、苦笑する。
「雑だな」
「雑でいい」
日下部は、机の端を指でなぞる。
「優しさって、
記録じゃないから」
「え」
「履歴残らない」
間。
「残ると思ってやると、
きつい」
生徒は、目を伏せる。
「……見返り欲しいとかじゃないんですよ」
「うん」
「でも、
なかったことにされるの、
ちょっと削れる」
日下部は、そこで初めて視線を向けた。
「削れるの、普通」
「……普通なんすか」
「うん」
静かに。
「覚えてる側は、
少しずつ削れていく」
言い切る。
「じゃあ、
どうすればいいんすか」
日下部は少しだけ考えた。
「覚えてるの、やめるか」
「無理」
「だよな」
間。
「じゃあ、
“残る前提”でやるしかない」
「残る前提」
「消えない」
日下部は窓の外を見る。
「向こうが忘れても、
こっちには残る」
「……」
「それ込みでやるか、
最初からやらないか」
生徒は、息を吐いた。
「極端だな」
「ああ」
「中間ないんすか」
「あるよ」
少しだけ、声が低くなる。
「優しくする回数、減らす」
沈黙。
「……ああ」
生徒が、笑った。
「それ、できるようになりたい」
「できなくてもいい」
日下部は言う。
「覚えてるなら、
まだ終わってないだけ」
「何が」
「優しさ」
静か。
「……終わらないんすね」
「うん」
「だる」
「だるい」
少しだけ、空気が軽くなる。
チャイムは鳴らない。
誰も来ない。
生徒は立ち上がる。
「ありがとうございました」
日下部は、頷かない。
「どういたしましても、ない」
「ないか」
「うん」
ドアの前で、生徒が振り返る。
「覚えてる側って、
損ですね」
日下部は、少しだけ考えて、
「多分」
と言った。
「でも、
それしかできない人もいる」
生徒は、何も言わずに出ていった。
教室に残るのは、
白く伸びた光と、
机の影だけ。
覚えているものは、
だいたい、
置いていかれない。