テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
放課後の教室は半分だけ明るく、半分はもう夕方だった。
カーテンが揺れるたび、机の上の影が少しずつ形を変える。
ドアが開いて、同じ制服の生徒が入ってきた。
ためらいはあるが、迷いはない歩き方だった。
「……今いい?」
「いい」
日下部は椅子に座ったまま答える。
机の上には何も出していない。ノートもペンもない。
向かいに座った生徒は、すぐに本題に入った。
「頼るのが嫌なんじゃなくて」
そこで一度止まる。
「頼ると、上下できる感じがする」
日下部はすぐに返さない。
数秒置いてから、短く聞く。
「誰と」
「誰でも」
即答だった。
「助けてもらった瞬間、
下に入った感じになる」
机の端を指で押す。
「相手はそんなつもりないの、分かってるんですけど」
「うん」
「でも、なんか……
借りができるっていうか」
言葉を選ぶ。
「対等じゃなくなる」
日下部は少しだけ姿勢を変えた。
「対等でいたいのか」
「いたいです」
間髪入れず返る。
「じゃないと、
関係が変わる気がして」
日下部は窓の外を見る。
運動部の声が遠い。
「変わるよ」
あっさり言う。
生徒が顔を上げる。
「変わる?」
「助けてもらったら、
その瞬間だけ、バランスは動く」
机の上を軽く叩く。
「でも、固定はされない」
「……固定される感じする」
「それ、
自分で固定してる」
静か。
「借りを返そうとするだろ」
「します」
「すぐ」
「……します」
「それで対等に戻そうとする」
日下部は続ける。
「でも、
助ける側って、
そんな計算してないこと多い」
生徒は黙る。
「頼った側だけが、
上下気にしてる」
しばらく沈黙。
「……負けた感じ、するんですよ」
小さく言う。
「何に」
「分かんない」
正直だった。
「できなかった自分に、かな」
日下部は頷かない。
「できなかった時点で、
もう勝ち負けじゃないだろ」
「……」
「できないときに、
手借りただけ」
淡々。
「それで下になるなら、
誰も助けられない」
窓の外で、ボールが転がる音。
「対等ってさ」
日下部が続ける。
「同じ強さって意味じゃない」
「え」
「同じ位置に戻れるかどうか」
短い沈黙。
「助けたあと、
普通に戻れるなら、
それで対等」
生徒は机を見つめる。
「……戻れない気がする」
「戻る気ないからだろ」
刺すようではないが、直線的だった。
「借り作ったままにしとくの、
嫌なんだろ」
「嫌です」
「だから上下になる」
日下部は肩をすくめる。
「一回くらい、
借りのままでもいい」
「……気持ち悪い」
「慣れないだけ」
夕方の光が、少し赤くなる。
「頼るの、下に入ることじゃない」
日下部は言う。
「一瞬、
重心預けただけ」
生徒は小さく息を吐く。
「……それなら」
立ち上がりかけて、止まる。
「次、頼ったあと、
すぐ返さなくてもいいですか」
「いい」
「忘れても?」
「向こうが忘れる」
少しだけ、空気が緩む。
「……対等、保てるかな」
「保つもんじゃない」
日下部は視線を上げる。
「戻るもん」
生徒は頷き、ドアへ向かう。
出る直前、振り返る。
「負けた感じ、消えると思います?」
「すぐは無理」
日下部は答える。
「でも、
勝ち負けじゃないって分かれば、
そのうち消える」
ドアが閉まる。
教室には、夕方の色だけが残った。