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沙希が最初に友達を連れてきた日から、凪の部屋には時々、見慣れない靴が増えるようになった。
最初は三人だった。次は四人。その次は、誰かが誰かを連れてきて、いつの間にか五人になっていた。
沙希は特に説明もしない。
チャイムが鳴り、凪が扉を開けると、知らない顔がそこにいて、沙希が後ろから「入っていい?」と言う。
それだけで部屋は他人の空気に変わる。
凪は止めない。
止め方が分からないというより、止める理由が思いつかないのだった。
蒼が嫌がることをしたくないという考えが先に立つせいで、沙希に対しても、結局何も言えなくなる。
その日も、チャイムが鳴った。
ドアを開けると、沙希と、その後ろに四人の女が立っていた。見覚えのある顔が二つ、初めて見る顔が二つ。
彼女たちはもう遠慮する様子もなく、凪の肩越しに部屋の中を覗き込んでいる。
「今日もいる?」
一人が訊く。
沙希が軽く笑う。
「いるよ」
それを聞いた瞬間、後ろの二人が顔を見合わせて笑った。まるで、目当ての展示物がちゃんとあることを確認した客みたいだった。
五人も入ると、部屋はすぐに窮屈になる。
ソファはすぐ埋まり、残りは床に座る。
誰も凪に場所を譲ろうとはしないし、そもそも最初から、凪はそこに座る側の人間ではないように扱われていた。
視線が集まる。
「ほんとだ」
初めて来たらしい女が言う。
「普通の人じゃん」
「見た目はね」
沙希が答える。
その一言で、部屋の中に小さな笑いが広がる。
凪は台所に立ったまま、何も言わない。視線を感じながらも、ただコップを洗っている。水の音だけが静かに続く。
「ねえ」
誰かが言った。
「今日も座る?」
凪は手を止めた。振り向くと、床の中央を指している女がいる。前に来たときと同じ場所だった。
「ほら」
別の女が笑う。
「そこ」
声の調子は軽い。命令というより、半分冗談みたいな言い方だった。だが、部屋の全員がその冗談の続きを待っているのが分かる。
凪は少しだけ迷った。
それでも、結局その場所へ歩き、静かに腰を下ろした。
床だった。
その瞬間、部屋の空気が一段軽くなる。見物人たちが期待していた場面が始まったような、そんな空気だった。
「ほんとに座るんだ」
「すごい」
誰かが小さく拍手をした。
沙希はソファの端で足を組みながら、その様子を眺めている。最初にこれを始めたのは彼女だったが、今はもう特別なことではないみたいだった。友達の反応を見る方が面白いらしい。
一人の女がスマホを取り出した。
カメラを向ける。
「今日も撮っていい?」
沙希は肩をすくめる。
「好きにすれば」
凪は何も言わない。カメラが向けられているのは分かっているはずなのに、視線を上げようともしなかった。
そのとき、玄関の鍵が回る音がした。
凪は反射的に顔を上げる。
扉が開き、蒼が入ってきた。
部屋の中の人数を見て、一瞬だけ眉を上げる。それから、特に驚いた様子もなく靴を脱いだ。
「なにしてんの」
軽い調子で言う。
誰かが笑う。
「見物」
沙希が言った。
蒼の視線が、床に座っている凪に落ちる。凪は一瞬だけ目を逸らした。
数秒の沈黙があった。
蒼はそのまま部屋に入り、ソファの背もたれに肘を乗せる。凪を見下ろす位置だった。
それから、少し笑った。
「ほんとにやってんだ」
止めるでもなく、怒るでもなく、ただ面白そうに言っただけだった。
その一言で、部屋の空気が完全に決まった。
女たちは安心したみたいにまた笑い出す。
「ねえ蒼」
誰かが言う。
「これほんとに犬みたいじゃない?」
蒼は凪を見たまま、少し考えるような顔をした。
それから短く答えた。
「まあ」
否定はしなかった。
それだけで十分だった。
スマホのカメラが、また凪の方を向く。
誰かが言う。
「ほら」
「蒼いるよ」
凪はゆっくり顔を上げる。
視線の先には、笑っている女たちと、その後ろで腕を組んで立っている蒼がいた。
まるで同じ側の人間みたいに、静かにそれを見ていた。
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