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#現代ファンタジー
るるくらげ
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店主は舌打ちしながらも、視線を棚の奥へ滑らせた。その小さな動きを、ロビサは見逃さなかった。棚の裏に回り込むと、封蝋だけ剥がされた紙切れが、計量皿の下へねじ込んである。引き出して光へかざすと、端に細い銀糸が漉き込まれていた。昨夜の紙片と同じだ。
「証拠保全のため、預かります」
「待ちな、ただの紙屑だろう」
「ただの紙屑を隠したのはそちらです」
店主が口を尖らせる。そこでハディジャが、さりげなく会計台の上の欠けた水差しを持ち上げた。
「親父。これ、ひび広がってる。昼まで持たないぞ」
「は?」
「口先の湿った嘘は得意でも、陶器の機嫌は読めないんだな」
彼は工具袋から細い留め金を取り出し、ぱぱっと補強してしまった。店主は毒気を抜かれた顔で水差しとハディジャを交互に見た。
「……お前、損な性分だね」
「よく言われる」
店を出たあと、ロビサは封紙を証拠袋へ収めながら横目で言った。
「盗品商にも顔が利くんですね」
「利くっていうか、扉が壊れたとか棚が落ちたとか、そういうとき便利だから呼ばれる」
「それで、たまたま盗品の流れも知っていると」
「そう。世の中は、壊れた扉の向こうで回ってることが多い」
妙に達観した言い方だった。年齢はロビサとそう変わらないはずなのに、ときどき古い大人みたいな目をする。
二軒目、三軒目と回るうちに、封書の残りは昨夜のうちに細かく裂かれ、複数の運び手へ渡されたらしいことが見えてきた。手口が雑に見えて、足がつきにくい。誰かが中身を読ませないために、わざと細かく散らしたのだ。
昼前、井戸端の路地で情報屋と接触した帰りだった。薄い上着しか着ていない兄妹が、路肩で小さくうずくまっている。年上の少女が弟らしい子の肩を抱いていたが、弟の唇は青い。ロビサが足を止めるより早く、ハディジャは荷袋を下ろしていた。
「おい、マサル。まだ熱あるのか」
少年がかすかに頷く。少女のほうが気まずそうに目を伏せた。
「今朝の薬、もうないの」
「なくなる前に言え」
「払えないし」
「払えるときでいいって前にも言ったろ」
彼は懐から銅貨を数枚出し、近くの薬屋へ走った。戻ってくるまでのわずかな間、ロビサは戸惑った。兄妹はハディジャを見上げるとき、恐れていない。それどころか、助けを求める相手の顔をしている。
戻ってきたハディジャは、薬包を渡しながら少女へ言った。
「煎じる水がなかったら、エナシェの小屋に行け。『借りを増やしに来た』って言えば通じる」
「また増えるの?」
「生きてるうちは返せるだろ」
そのやり取りの自然さに、ロビサは昨夜の路地で見た手つきを思い出した。乱暴な言葉と、やさしい手。どちらが本当なのかではなく、その両方がこの男の中に同居しているのかもしれない。
「意外そうな顔するなよ」
薬屋から出たところで、ハディジャが言った。
「していません」
「してる。眉の端がちょっとだけ下がる」
「観察しないでください」
「仕事柄だ」
「何でも屋にそんな柄はありません」
「ある。困ってるやつは、困ってるって言う前に顔へ出る」
そんなものだろうか。ロビサは返事をしなかったが、胸のどこかへ言葉だけが残った。
午後、二人はやっと本命に当たった。川沿いの倉庫群の裏で、盗品を仲介する若い男が、紙片を束ねて別の客へ売ろうとしていたのだ。見つかったと知るや否や、男は木箱の間をすり抜けて逃げた。
「右!」
叫んだのはハディジャだった。ロビサは反射で進路を切る。倉庫の壁に沿って走る男の前へ飛び出し、記録箱を抱えたまま身をひねって足を払った。男がもつれて倒れる。だが紙束は宙へ散り、川風に煽られてばらばらと舞い上がった。
「ちょっ――!」
ロビサが手を伸ばす。掴み損ねた紙片が水面へ落ちかけた瞬間、ハディジャが荷役用の鉤棒を引っかけてすくい上げた。もう一枚は屋根の縁へ引っかかり、彼は迷いなく木箱を駆け上がる。
「危ない!」
「危なくない高さだけ選んでる!」
「十分危ないです!」
結局、紙片は七枚戻った。男は逃げそこね、口の軽さで自分の雇い主まで半分吐いた。名は出なかったが、王城の紋章を潰したような印章つきの荷札が押収できたのは大きい。
【続】