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蓮司の相談室2

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蓮司の相談室2

38 - 第38話 笑い方を忘れた気がする

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2025年11月06日

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夕方の光が、廊下をゆっくりと染めていた。

ガラス窓の向こうに沈む太陽が、まるで一日の終わりを告げるように赤く滲んでいる。


「失礼します」


小さな声がドアの向こうからした。

蓮司は机の上でペンを回しながら、軽く顎を動かした。


「入れよ」


ドアが開く音。

入ってきたのは、制服のボタンを一つ外したままの少年だった。

顔はどこか眠たげで、けれど目の奥だけが落ち着かず揺れている。


「……笑い方が、わかんなくなったんです」


開口一番、少年はそう言った。

蓮司は一瞬、ペンを止めた。


「どういう意味だ?」


「みんなが笑ってるとき、一緒に笑うんです。でも……なんか、自分の顔が他人みたいで。

“楽しい”って思うより、ちゃんと笑えてるか気になって。

なんか、ずっと外から自分を見てる感じで……気持ち悪いんです」


少年の声は乾いていた。

まるで、言葉を吐くたびに自分の輪郭が少しずつ薄れていくように。


蓮司は少しだけ身を乗り出し、机に肘をついた。


「“楽しいふり”がうまくなった、ってことか」


「……はい。誰かに見られてる気がして、つい笑っちゃう。

でも、本当は何が楽しいのか分からなくて……。

気づいたら、笑うのが怖くなってて」


窓の外では、風が木々を揺らしている。

教室の隅に溜まった夕焼けの光が、少年の頬を赤く染めた。


蓮司は小さく息を吐く。


「“笑えなくなった”ってのは、悪いことじゃない。

それだけ、ちゃんと“本当”を見てる証拠だろ」


「……本当?」


「ああ。

無理に笑えるやつのほうが、案外ごまかしてる。

何も感じないふりしてるだけだ。

お前はそれをちゃんと気づいた。

笑えないってことは、まだ“感じようとしてる”ってことだ」


少年は顔を上げた。

その瞳の奥に、わずかに光が揺れた気がした。


「……でも、疲れます。ずっと“平気”な顔してるの」


蓮司は少し笑った。


「人間、平気な顔してる間が一番ギリギリだ。

でもな、どんなに無理しても、顔のどこかに“本音”ってのは出るもんだ。

だから――笑えなくてもいい。

その分、ちゃんと生きてるってことだろ」


少年は小さく頷いた。

窓の外、夕陽が沈みかけている。

光が消える前の一瞬、教室の中に赤い輝きが差し込んだ。


蓮司は視線を外にやりながら、ぼそりと呟く。


「無理に笑うな。……本当に笑える時まで、顔は預けとけ」


少年は驚いたように蓮司を見た。

蓮司は軽く手を振り、ペンをまた指に挟む。


「帰れ。そろそろ日が暮れる」


教室を出ていく少年の背中を、赤い光が包みこんでいた。

その表情には、ほんの少しだけ――

確かに“温度”が戻っていた。


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