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学食のことがあった次の日、凪は少し早く大学に来ていた。
特に理由はない。
ただ、講義の始まる前に校舎の前のベンチに座っていると、蒼が通ることがある。そういうことが、何度かあった。
春の朝はまだ少し冷たい。
凪は両手をポケットに入れたまま、ぼんやりと人の流れを見ていた。
しばらくして、聞き慣れた声がした。
「凪」
顔を上げる。
蒼だった。
凪は小さく笑う。
「おはよう」
蒼は「うん」とだけ言って、ベンチの前に立ったままスマホを見ている。少し機嫌が悪そうだった。
凪はそれを見て、なんとなく分かる。
沙希と何かあったんだろう、と。
数秒の沈黙。
それから蒼が言った。
「今日」
視線はスマホのまま。
「昼、空いてる?」
凪はすぐに頷く。
「空いてる」
蒼は「じゃあいいや」と言って、そのまま校舎に入っていった。
それだけだった。
それでも、凪は少し嬉しかった。
昼休み。
蒼は学食ではなく、校舎の裏のベンチにいた。
凪が来ると、蒼は足元を軽く蹴った。
「座れよ」
凪は隣に座る。
蒼はコンビニの袋を差し出した。
「ほら」
中にはパンが二つ入っていた。
凪は少し驚く。
「蒼、食べないの?」
「腹減ってない」
蒼は適当に言う。
凪は袋からパンを取り出して、小さく「ありがとう」と言った。
蒼はそれを見ながら、ぼそっと言う。
「昨日さ」
凪はパンを持ったまま顔を上げる。
「うん?」
蒼は少しだけ間を置いた。
「……ああいうの、やるなよ」
凪は首を傾げる。
「伏せ?」
蒼は少しだけ顔をしかめる。
「そうじゃなくて」
「人前で」
短く言う。
凪は少し考える。
「蒼が嫌だから?」
蒼は答えない。
代わりに言う。
「俺が言うときだけでいい」
その言葉は、とても自然に出てきた。
凪は少し黙る。
それから、小さく笑った。
「うん」
蒼の方を見る。
「蒼が言うならやる」
蒼は「別に」とだけ言った。
午後の講義が終わったあと、蒼はまた凪を呼んだ。
「凪」
廊下の端。
人はそれなりにいる。
蒼は凪の肩に軽く腕を回した。
「ちょっと付き合え」
凪は頷く。
二人はそのまま校舎の外に出た。
途中で、沙希とその友達のグループとすれ違う。
沙希は蒼を見る。
「蒼」
蒼は少しだけ足を止める。
「なに」
沙希は凪の方をちらっと見る。
それから言う。
「今日来ないの?」
蒼は少しだけ考えてから、肩をすくめた。
「気分じゃない」
沙希は「ふーん」と言う。
怒っているわけではない。
ただ、少しつまらなそうだった。
その視線がもう一度凪に向く。
「また犬連れてる」
友達の一人が小さく笑った。
蒼は否定しない。
凪も何も言わない。
そのまま二人は歩き出した。
少し離れてから、蒼が言う。
「別に」
前を向いたまま。
「お前じゃなくてもいいんだけど」
凪は隣を歩きながら頷く。
「うん」
蒼は続ける。
「沙希でもいいし。
他のやつでもいいし」
凪はまた頷く。
「うん」
蒼は少しだけ凪を見る。
「……分かってる?」
凪は笑う。
「分かってるよ」
少しだけ間を置いて言う。
「代わりでしょ」
蒼は何も言わない。
凪は続ける。
「でも」
視線を前に戻す。
「蒼が呼んだから来た」
それだけだった。
蒼は小さく息を吐く。
「……ほんと犬だな」
凪はまた、少しだけ笑った。